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第2080冊 光あれ馳星周 [読書感想]

2018年2月22日(金)
第2080冊光あれ 馳星周著
 何となく以前読んだ気がするのだが、よく覚えていない。敦賀が舞台であり、交通事故で友人が亡くなったということも若干覚えているしかし最後がどうなったかということは憶えていなし。何となく面白くないので途中で止めたのではないかと言う気がする。2日間で読み上がったがそんなに長い本では無かった。いうなればありふれた現代小説なのかもしれない。浮気と言うのか次から次へと(と言うほどでもないが)女性と付き合い最後は結婚後子供も大きくなったが、先の交通事故で亡くなった友人の奥さんと結びつき破綻寸前で終わるという筋書きだが、中に女の人との性交のシーンが何回かで手くる、それも決して面白いと言うのでなく興奮することもなかった。
 そもそも、中学時代のサッカーの選手だったころからの付き合いが多く、先の交通事故の友人もその一人である。
 敦賀と言えば原発だが丁度チェリノブイリの事故が発生した時なので1986年(昭和61年)前後が舞台である。これによると当初原発景気で涌き沸いた敦賀もバブルが弾け不景気になると繁華街が一挙にさびれたとある。今思い出そうと資料を探したが見つからないのでしょうがないが、私も3年程敦賀のゼネコン3社の仕事の手伝いをしに通ったことがある。敦賀で3件ほどあったから結構楽しかった。気比神社とか浜辺も思い出す。当時と言ってもいつのころかはっきりしないが中にあるようなシャッター通りなどというさびれた様子はなかったように思う。もっともそんな飲み屋街を歩いたわけではないのでよくわからない。
 元へ戻すと小説と言うのは難しいものだ、淡々と話が進んでも面白くないし、この本の様に2転3転するのだが書き方か展開の仕方か分からないが何となく単純な気がする。主人公は敦賀で一生を過ごすのだと決めているが友人たちは殆ど県外で仕事を見つけている。作者は何を言いたかったのかよく分からない・・・
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第2072冊 騎士団長殺し(第2部)村上春樹 [読書感想]

2017年11月6日(月)
選挙事務の話は別にして、ようやく読み上がった。
先日エジプトへ行くとき東京で買って行ったものだが2週間ほどかかった。この本の最後に『第2部おわり』とあるのでまだ続くのなあと思ったのだが、なるほど変な終わり方である。第一部がどんな内容だったか。。。と思って2016年まで遡ってみたがなかった、多分「こんなのの第2部は読むことはあるまい」と思い一部についても何も残さなかったのかもしれない。
 今回の第2部にしても「面白い」というより「変わっている」という感じである。そもそも騎士団長という絵から飛び出た男の話、山の中の不思議な穴の話、画家とその奥さんの離婚後一緒になるという話、まりえという肖像画のモデルになった娘の話、それに近くの3件の家がそれなりに結びついている、これだけで終わっては全く面白くない「1Q89」も何となく」尻切れトンボのような終わり方だった。
 興味を持ったのは画家としての「絵」の見方だが、独特の審美眼を持っているように思った。絵を描く人と言うのは、ある程度似たようなところがあるのかも知れない。そんな目で絵を見てみたいと思うが私のような絵心のない物にはない物ねだりである。今までに最も感銘を受けた芸術というのは50年ほど前に見た二月堂の広目天だったのだが今見てみるとそれほどでもないように思う。何しろこの像の前で2時間ほど釘付けになった記憶があるのだが、今は何となくメタボったい感じである。
 作者は音楽にも造詣が深く小澤征爾と対等にやりあう話は前にも載せた。何となくノーベル賞が云々されているらしいが・・・・私には何とも言えない。この小説がその候補になるととても思えないし先の「1Q89年」もなるとは思えない。
 ある80台の女性は「私は好きでない」「川端康成のように単純でないから」という意味のことを言っていた。

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また戻ってきた [読書感想]

2016年6月11日(土)
 また戻ってきました。よろしくお願いします。
取りあへず
第2040冊 鬼平殺し(えとう星乱)
 先日釣りの針が指に刺さり医者へ行ったところそこの待合室にこんな本があった。なんとなく読みだしたのだが面白かったので家へ持ち帰り読んでしまった。4日も経つとどんなストーリだったか忘れてしまうが、いろいろな人が入り乱れ、江戸地内をあっちこっち歩きまわり、あるいは船に乗りしてたしか山本一力だったと思うが歴史小説というのか歴史読み物を書く人がいたが彼のような印象を受けた。ストーリを云々するには日が経ち過ぎて(??)いるが。最後がどんなふうに終わったのだろうと言うことすらはっきりしない。そもそも主人公が料理人なのか剣使いの名人なのかもはっきりしない。京都で天皇の毒見というのかそういう役をしていたらしい。
 そもそも小説だから、登場人物やストーリはどう組み立てようが構わないが土地名だとか役人の役職名などはそうはいかない。なかに火事か放火に関することがあったが、今の消防との違いをはっきりと示していて面白かった。
他のものを読んでみようかという気になった。
Miss24  釣道具を片付けていてうっかり指に針を刺してしまった。結末は医者で抜いてもらったが麻酔、包帯可能防止の薬と2500円ほどかかった。

第1026冊 水入らず(サルトル) [読書感想]

2015年9月18日(金)
 だいぶ前に上がっていたのだが、もっと他のを思っているうちに日が経ってしまった。1か月ほど前に「実存主義入門」なんて云う難しいものを読みだしたのだが10ページほどで止めた、というより投げ出してしまった。難しいのである、さっぱり分からないのだ。しかしそれは自分が云十年前に買ったもので、50ページあたりまで線が引いてあった。多分そこで音を上げたのだろう。それじゃといって同じ著者の小説を読もうと書棚を探したら出てきた。それがこの本である。私が買ったものなのか、娘のものなのか定かでないが、薄いので読みだした。短編小説が4つほど載っていて3つまで読んだがやはり音をあげてしまった。この間図書館から「嘔吐」というこれはちょっと厚いハードカバーの小説だったがこれは3ページほどで止めた。多分これからもうサルトルには縁がないだろう。
 すでに書いたように、この文庫本には短編小説が5つほどあり、他に「壁」と「部屋」と「エラストール」があった。ともに実存主義を標榜した小説だそうだが確かに一風変わっている。先の「入門」よりは楽だがそれほど面白いとは思わない。この小説もなぜか離婚しようとするのだが結局戻ってくるというどんでん返し。「壁」だったと思うが、死刑囚が手配中の犯人(政治犯)の居場所を教えろといわれていい加減な場所を教えた。ところが偶然その場所へその犯人が逃げ込んであっさり捕まり、元死刑囚は無罪放免になるという3文小説である。どこが実存主義なのか分からないが、昔学生時代に同級生で静岡の男が「サルトル、サルトル・・・」と言ってたことを思い出した。

第1015冊 FOREST(C.W.ニコル) [読書感想]

2015年8月1日(土)
 同じ作者の2冊目、いや3冊目を読んだ。写真や章というのか節というのかそのタイトルに1ページが費やされているので早く上がった。何か雑誌に連載されたものらしく同じことが出てきている。ただいえることは著者の環境、特に森や木にたいする愛情である、情熱である。ぜひ黒姫の里へ行って来てみたいと思った。もう20年ほど前に作り、その頃のことが書かれているがその後どうなっているのか知りたい、見たい。氏が環境庁、林野庁、営林署などへ抗議に行ったとか公開質問書を出したとかそのバイタリティーに感心した。正直言って私も多くの日本人と同じように林道を作るのは悪いと思っていたが、杉を植えるのがよくないとは思っていなかった。山が荒れ、土砂崩れや海の生態が変化するということは知っていた。ともあれ娘が確か森林学というのか植物のその種のことを専攻しているのでその辺のことを聞いてみようと思う。この著者の素晴らしいところは世界の何か国かに住み研究したり指導したりしたことだ。日本の政策というか行政などには大いに失望したらしいが全体的に日本をどのように評価しているのか、現在どのように思っているのか知りたい。最近のものを読んでみようと思う。

第958冊 牛久沼のほとり(住井すゑ) [読書感想]

2013年6月26日(水)
 例によって福島リサイクル文庫から借りてきた。
 牛久沼というのはちょっとした思い出がある。それはいまから35年ほど前になろうか、再就職した会社の最初の仕事が牛久小学校だったかの改築工事への納品だった。その時の出張報告が社長の目に留まり、「これからはみんながこんな報告書を出すように」という通達が出され、周りから顰蹙を買った記憶がある。
 著者は「橋のない川」の著者で読んでみようかなあという気がしてきた。なにか雑誌へ連載していたものの単行本化かと思ったがそうでないらしい。内容は牛久沼という関東平野にある霞が関というのかあの辺の沼が舞台なのだが、当然生家の奈良や近辺が舞台である。曽野綾子などのように海外が舞台になるのは一つもない。これだけの人だからあっても良いように思うのだが、なぜかない。
 「ホッ これは」と思うものはないが、明治から平成初期まで(1902年:明治35年)~1997年:平成9年で生きた方だからいろんなことを経験しておられる。やはり古いものへの憧れがずっとあるように思う。後ろの方に「甘いもん」というお菓子の思い出は面白かった。それはともかく、終始、反戦とか旧習というのか人の顔を見て行動するということを徹底的に反発して生きてゆく姿には感動した。内の家内はすぐに近所の人が笑うとか、今までこうだったからこれからも・・・という風にバカな官僚のようなことを言う。
 最後まで読めるかどうか分からないが今日図書館から「橋のない川」を借りてきた。

第939冊 ローマ帝国 繁栄(ポンペイの落書き) [読書感想]

2013年3月16日(土)
 これも第937冊の続きである。先にも書いたが3部作で誕生・繁栄・終焉でできている。これはそのちょうど真ん中でほとんどがポンペイの遺跡のことでなっている。私がこんな都市があるということを知ったのは小学5,6年のころだったと思う。すごい衝撃を受けた。それからの憧れの遺跡の一つである。当時は死んだ人のあとに石膏を流し込んでイガタを取ったというがその実物を見たかった。今はそれよりも壁画とかモザイク画を見たい。しかしこの壁画やモザイクも多くがナポリの美術館か博物館へ持ち去られた(ちょっと語弊があるが)というので、そこまで行かなきゃならない。
 ローマと言えば、パウロの最後の地である。どこでどんな生活を送り、キリスト教の立役者の最後を見たいと思うが・・・・


第938冊 野茂秀雄 [読書感想]

2013年3月16日(土)午前2時
 昨日くらいに読みあがっていたのだが、確定申告のためちょっと遅れた。
 もちろん誰もが知っている野茂の話だが、私はだれよりも野茂を尊敬というか信頼というのか「好き」だ、近鉄のファンではないが朴訥とした話し方、余計なことを言わない、いや聞きたいことも言わない彼へのインタビューが好きだった。いま誰よりもと書いたが、新庄などは論外として(彼には彼の良さはあるが)、イトロー、松井と比べてと言ったほうが良いかもしれない。イチローも余計なことはほとんどしゃべらないし、彼の実績は野茂以上だ、ともかく200本安打を』続けていたころはテレビを見ていると必ず一本は打ってくれた。おっと、イチローじゃないんだ。
 なんといってもパイオニアとして日米の橋渡しをした実績は揺るがないし、もちろんこれからも誰も出来ないことだ。しかも、2回のノーヒットノーラン(どうやらアメリカ人はノーヒッターというらしい)。それとあのトルネード投法というのが面白い。なにより感心したのは30歳後半になりスピードが落ち球が曲がらなくなってきたとき当然戦力外通告を受けるがアメリカやベネズエラを13球団も渡り歩き「野球をやりたい」「ボールを投げたい」という気持ち維持したことだ。金に困っているわkではない、もちろん名誉を意識しているわけではない、もし名誉なんて言うことが頭にあればとっくに辞めていた。松井が良い例である。
 3年ほど前にテレビでそれからの野茂を放映していた。大阪あたりでアマチュア球団の世話をしていた。それにも心を打たれた。
 私は殿堂入りがどうしたの200勝がこうしたとか、MVPと取ったの取らなかったなんていうことはあまり興味がない。それよりそれまでの常識を破って、それまでの実績というか地位を捨てて新しい世界へ顔を出すというその勇気を尊敬したのだ。学問の世界にもそんな人がいるのかもしれないがあまり聞かない。囲碁の世界では韓国、中国がいま世界をリードしているが日本の碁打ちが韓国や中国』へ渡ったということは聞いたことがない、逆にこれらの国から日本へきている人はたくさんいる。
 こうしてみると、サッカー、相撲などでも面白いことが起きている。

第937冊 ローマ帝国1.誕生(NHK「ローマ帝国」プロジェクト) [読書感想]

2013年3月8日(金)
 今回のイタリア旅行のために借りてきたものだが、ほかに2冊ある。これとは別に旅行誌というのか旅のものはてまたゲーテの「イタリア紀行」などいろいろ読んでいるが、どれも途中までで紹介するほどでない。この本はかつてNHKが「ローマ帝国」として放映したもののダイジェストみたいなものだから写真も多く活字も大きく読むというより見るという感じの本である。そのくせ同じところを往ったり複たりでなかなか進まない。今回の旅ではミラノ、ジェノヴァ、フィレンツェ、ローマ、ナポリ(ポンペイ)と沢山の市を回るのでローマだけというわけではない。どうやらもう一度行かなきゃいけないような気がしてきた。
 今までも何度か書いてきたが、ローマのあのコロセームなどというのはBC80年ごろにできている、水道橋などもそのころである(古いのは)、ところが日本はその当時縄文から弥生時代である。竪穴式住居とは言わないが三内丸山遺跡もたしかこのころだと思う。あの石の頑丈な建物の計算をどうしてやったものなのか実に不思議である。強度計算はともかく建て方、医師の形などとても今の職人でもできないような技術である。今回の旅ではコースに入ってないがアッピア街道もみたいものの一つである。私は健康がいつまで保てるか分からないから無理にでも行こうと決心したのだが、もっと早く行ってみるべきだったと今になって後悔している。多分、若いころに行っておれば世界観が変わったのではないかと思う。昨年行った兵馬俑もそうだが、スケールが違うので絵ある。多分ピラミッドをみれば前方後円墳がどうしたの箸墓古墳(はしはかこふん)がこうしたのなんていうことには興味がなかったと思う。
 カエサルとかクレオパトラの話も出てくるが、政治の世界というのはどこも、今も昔も変わってないなあという気がする。ところでローマというのは400年ほど続いたわけだが日本の徳川だって300年弱続いたわけだ、規模は月とすっぽんほどの違いはあるし民主的というてんでは大いに違う。こういう為政者の歴史というかどれだけ長持ちしたかなんていうことを調べるのも面白いなあと思った次第だ。



第936冊 チボー家の人々 最終:5冊目 [読書感想]

2013年3月3日(日)
 ようやく読みあがった、1月初めに読みだしてからか2月だ。面白かったが、最後が変な終わり方だったので残り80ページくらいで読むのをやめた。というのは、さいごの100ページほどがアントワーヌという跡取り息子の日記が続くからである。何を書いているか分からないが、病状だとか戦況についてくどくどと書いてあった。どうやら最後まで続きそうなので止めた。
 いろいろ戦争について考えさせられた。これは第一次世界大戦をモチーフにしているが、著者はまさか第2次世界大戦が本当におこるだろうとは思っていなかったのではないか。賛否両論の意見を書いてあるので、著者の考えがどうかということは分からないが・・・・前にも書いたが、ちょうど近藤芳美の生き方、朝日歌壇での選者としての立場で反戦、生活の歌というものを基本に置いているということと相俟って、戦争というものが如何に馬鹿げたものであるかということをしみじみ思い知らされた。現在のユーロ諸国というのは軍備というものをどのように考えているのだろうか、アメリカは今も中東で戦っているし、北朝鮮は核開発に余念がない。今の北朝鮮を見ていると、戦前の日本と同じように民衆には何を知らせず、「貧困・貧乏は国のためだ」とか、「我が国は素晴らしい成果を上げている」などと馬鹿げたことを国民に植え付けている。この、第一次世界大戦もドイツが自分勝手に立ち上がり、戦争を仕掛け、負けてしまった。今の北朝鮮が当時のドイツと同じとは言わないが、こういう馬鹿げたことをやる国もあるんだなあと思った次第だ。だから、軍備を怠ってはダメなんだという口実を与えている。
 ジャックと言いう主人公は如何に戦争が馬鹿げているかということを両軍の前線兵士に飛行機でビラを撒こうとして、飛び立ったが飛行機の故障で墜落してしまう。まったく壮絶な死としか言いようがない。ジャン・ポールという一粒種を残して。アントワーヌという跡取り息子は毒ガスの後遺症で苦しんでいる、そのほかダニエルというジャックの友達も片足を切断する大けが等々悲惨な話である。
 最後の方で国際連盟がどうしたというようなことが出てきたが、まさか第2次世界大戦が起きようとは思っていなかったのではないか。私も第3次世界大戦が起きないことを願い、全人類が平和に安心して暮らせることを願っている。
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