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大地の展示会について [日記 一日一首]

2015年8月31日(月)
 あの日(29日:金)にこうそくでいったわけだが上越のICが分からず長野の方に向かって走り、新井で降りた。その辺の下調べをしてなかったのがまずかったのだが、それからが悪戦苦闘であった。要するに後でもその必要性を痛感したのだが、この時ほどカーナビの必要性を痛感したことは今までなかった。悪戦すること1時間半やっとたどり着いたのが松代であった。結局帰りもほぼ同じ道で変えることになったのだが、どうやらこれも思い当たるあの道を右折したのが間違いの元らしい。しかし、上越の方から入ってあの道へたどり着くかどうかは自信がない。それよりカーナビの必要性である。その時タブレットを持参していたのでもっとゆっくり見るべきだったと今にして思えば・・・・
*帰ろかと 思った雨も 無事上がり 何とか所期の 目的地に着く
*避難命令 直ぐに帰ろうか 決断す されど訓練 バカにするなよ
*慌ただし 芸術なんて 余裕なし 虚しくたどる モデルコースを
*どこへ行く どこで曲がるか またも訊く カーナビの要を つくづく思う

*カーナビの必要性を痛感す細かいところ大きなところ
*行き過ぎて また戻りすぎ 時間のみ 経って遅れて 見ることを得ず

*廃校を 展示場に 利用した 芸術品を 堪能してみる
*30キロ 四方の地域に 15校 無くなる学校 生徒はどこへ
*廃校を 卒業した 老婆いう 私はどこを 卒業したのか

やはり新潟も温泉地である、一日目の晩泊ったところは静かな旅館で、その露天風呂から見る満月はことのほか素晴らしかった。日頃花鳥風月云々いってるのに・・・
*ひんがしの 山より上る 満月を 露天風呂より ゆっくり眺む
*この月を あの娘もこの娘 眺めてる その中には 妻の顔なし


「大地の芸術展」へ行ってきた [日記 一日一首]

2015年8月30日(日)
 新潟の「大地の芸術展」へ2日がかりで行ってきた。2つの点でびっくりした。
 一つは閉校・廃校になった学校が実にたくさんあるということ。単純に計算すると大体32㌔四方くらいの地域でここ10年近くで15校が廃校になっていることになる。15校はざっと数えた数でまだあると思う。これが誰のせいで、誰が悪いということを言いたいのではなく。ともかく実態である。これは何も山村ばかりでなく町の中でもこれほど極端でなくても統廃合されている。
*わが母校 統廃合され なくなりぬ 私はどこを 卒業したのか
*あちこちの 学校の廃墟 利用した 芸術展の 展示見に行く
 
 2つ目は、従来私が持っていた芸術とは違うもののように思ったことだ。絵画、彫刻、書道・・・などとは違う、大きな目をした立体的なものである。まだ未完の物のように思うがはっきりそれを感じた。と言えば大げさで、素人がと言われそうだ、「そんなものは昔からあった」とも言われそうである。しかし、あれだけのびのびと自分の思いを表現できるというのは彼らには至福の事のように思う。絵とか書道などはこそこそと描いてダメならポイでもいいのだが、(勿論壁画などはそうでもないが)あれだけ空間を利用した立体的なものはあの廃校を利用しなくてはできない。
*のびのびと 自由空間を 描き出す 芸術家には 至福のところ
空間絵本.jpg 
この写真は余り写りが良くないが、絵本を立体的にイメージしたものらしいが、実際に子供たちがこの絵(?)の下で嬉々として遊びまわっている。題して」「空間絵本」である。
 欠点としては、入れ替えが出来ないということか、永久展示というわけにはゆくまい。

第168話 (98/1/28) P38-3  20150830
ママが息子に 「あんたどうして家に亀なんか持ってきたのよ?」
「僕らの理科の先生が亀は200年も生きるって言うからさ、確かめようと思ったの」
<訳者独り言>ロシアでも亀は長生きすると見られてるらしい。でもなかなか研究熱心な子供である。

頭に来た [日記 一日一首]

2015年8月28日(金)
 頭に来た、載せようと思い出来上がったのだ前のを見ようと思い、更新をかけたのだが、「記事管理」をクリックするのが早や過ぎたのだろうか。載ってないではないか。実は同じことが昨日も起きて聊か頭にきているところである、同じことを載せようと思わないしかといって・・・・・
 ともかく明日から新潟の「大地の芸術祭」へ行く、早朝出発ということになる。
*新潟の 芸術祭に 明日行くぞ 不安もあるが 期待もあるが
*何不安 思えば何も 気にしない 一人でゆっくり 回って来よう

第169話 (98/1/29) p39-2  20150828
「パパ、どうして蝋燭の炎に息を吹きかけると火が消えるの?」
「それはだな、うーむ…・・どうしてかって言うと…」
ついに怒ったような口調で 「馬鹿!そんなもの吹くな、そうすりゃ消えないんだ!」
<訳者独り言> こういうことって言うの、特に子供が小さいときにはある物だ。「どうして夜と昼があるの?」とか。今の場合なかなか難しい質問でちゃんと答えれる父親は何人いるか?

下向き高砂百合 [日記 一日一首]

2015年8月26日(水)
 先の高砂百合を部屋に飾っておくと自然と頭を垂れて床に着く、それが一つや二つでなくみんなコップを伏せたようにきちんと立っているのだ。
下向き高砂百合.jpg
ざっとこんな具合だが面白いと思った。
*コップを 伏せたように散る ユリの花 散るというより 下向きに立つ
*なんとなく 可愛いかんじの ユリの花 庭に咲くのと 違った感じ
*凛々しくし 高砂百合は 庭に咲く 内に入っても 凛々しく散る花

第170話 (98/1/30)P39-3  20150826
先生が父親に電話してきた。「あんたの息子だけどね、ちょっと地理が遅れてるんだよ」
「ああ、そりゃ何でもないよ。うちにゃそんな旅行なんかする金なんか無いんだから」
<訳者独り言>こうしてみるとロシアの先生の方が日本の先生より熱心なような気がしてきた。毎日学習帳を点検したり、親を呼んだり、電話をしたり……はてまた明日の第171話のように

第1023冊 法華経について [日記 一日一首]

2015年8月25日(火)
 ここの所読んだ法華経について感想を書いておく。
 先の「法華経入門」でも代表的にいえることだが、小乗仏教(今ではこう言わずに上座部仏教とか南方仏教と言うらしい)をぼろくそに言ってることだ。でも久保継成夫婦(?)のシリーズは全部読めなかったが面白かった、彼らは坊さんでないので南方仏教をぼろくそに言うことはない。また、これはインドのサンスクリットからの直訳で、鳩摩羅什からの孫訳とは違う。これとて全部読むには長すぎるし法華経の信者でもないので拾い読みしかしてない。でも般若経のようにしち面倒臭い、抽象的、哲学的な事は書いてないので、いつか一章づつでも読んでみようと思う。でも法然のあの気違いのような行動力にはついてゆけない、真言だとか天台、曹洞宗までもがその教祖が法華経を読み宗派を起こしたその根本的なところ知りたいのである。
(実はこれから長々と書き、歌も載せたのだが、保存せずにWORDに移ってしまい全部パー、もう一回書く元気は無い)

第171話 (98/1/31) P39-4 20150825
先生が間違いを犯した生徒の家へやってきた。
「パパは家にいる?」
「まだ帰っていません」
「ママは?」
「ママも隠れてます。」
<訳者独り言>子供:「ママ、電話よ」 ママ:「留守だって言って」 子供:「もしもし、留守だって言ってます」

色々あった [日記 一日一首]

2015年8月25日(火)
 この間色々あった、一昨日だが甥っ子と郡上八幡へウナギを食べに行ってきた。わざわざ車で3時間もかかるところへ行くだけあって旨かった。今度は2度目だが値段も高い。
ウナギ.jpg
なにしろこれだけの何の変哲もないウナギが3000云百円するのだから・・・・確かにとろけるようで何とも言えない味である。強いて難点を言えばご飯がいまいち堅めだったということである。年寄には堅いのかなあ・・・? でも30人ほど入るのだが列を作って待ってるのだから(多い時は10人ほど)すごい人気である。

それが終わってから車で一時間ほど「光ミュージアム」だが、前回も行こうと言ってたのだがいまいち興味がなかったので・・・、しかし今回、是非というので行ってきた。高山インターから3分ほどだが下道では一時間ほど掛ったように思う。もっとも私は寝ていたのではっきり覚えていない。ここの石組みというのか光ミュジアム.jpg
写真のような見事な建造物である。若干宗教がかったところあがあるようだが、余程金儲けした人が作ったものだろう。といって調べたがよくわからなかった。中も素晴らしいものだった。たまたまエジプト展をやっていたが今年エジプトへ行こうと考えていた(治安が悪いので・・・)ので若干調べていたのでいろいろ質問した。

第172話 (98/2/1) p36-3 20150825
タージュが最初に学校へ行ったときのこと。彼が学校から帰ると、母が尋ねた。
「ママ心配してたのよ、ちゃんとしてた? ふざけたり、騒いだりしなかった?」
「勿論大丈夫だよ」 タージュが答える。「ずっとドアの外に立ってたのじゃ、何もできないよ」
<訳者独り言>よくもまあこんな話が沢山あるものだと思う。ただ当然の事ながら話が似てきているので対策を考えなくっちゃと思っている。

第1022冊 法華経入門(松原泰道) [読書感想 一日一首]

2015年8月21日(金)
 ここのところ読んだ仏教関係の本の中に法華経がいっぱい出てくるので少し読んでみようと思い、蔵書の中から「法華経解釈」(谷口雅晴。佐藤勝身)を取り出したが、一つは彼らが「成長の家」の関係のえらいさんで創価学会だの日蓮宗をぼろくそに言ってるのが気に障ったのと、難しかったので図書館からわかり安いのを借りてきた。本当は一日で読みあがったのだが、これとて面白くないところあり、若干嫌気がさしてきた、しかし最後まで読んだ。途中日蓮宗とは?ということでウエブも調べてみた(http://www.nichiren.or.jp/buddhism/shaka/01.php)これはどの宗派も言ってることだがなかなか面白いので印刷までした。
<閑話休題>確か先の第1020冊「道元と親鸞」に載っていたのだが、「今の坊さんは葬儀を仕切るのでなく葬儀屋が仕切る。そして坊さんの役は”出張してきたコンパニオンの様にお経を読んで帰る。」というのが面白い喩だなあ思った次第である。

 さてこの本は「法華の7喩」を説いている。私は7喩なんて知らなかったが若干有名なようだ。それは法華経28章のうち7章を選びその中の話をたとえ話と解釈してそれを説明している。ところがその中の話だがお経のごく一部をとらえ、何なのだろう?と思うのである。ところでこの本の表紙に出ている「諸法実相」「三界無安」「猶如火宅」などという言葉は先のウエブの中では出てこない、またこの本の中でどこで説明されているのか分からなかった。もう一つ気になったのは小乗仏教をボロクソに書いていることだ。先のウエブにあるように仏教の基本的な考えの中に「こだわるな」ということがあるのに、何かというと小乗的だとか小乗は料簡が狭いという。私はもともと小乗は釈迦の教えを忠実に守り、自分を究めるということ、いうなれば禅宗などもその傾向があるように思う。しかしこの宗も「上求菩提 下化衆生」を標榜しているのかもしれないから・・・
 いずれにしても上に菩提を求め、下に衆生を化する、なんて思い上がりも甚だしいと思うのである。これは多くの坊さんや仲間から反発されるのだが、今も変わらない。30代のころ小乗の国に渡って修業を積もうかと思い、西谷氏に電話で相談したことがある。

*あのころは 若かったんだな 小乗を これと信じて 渡ろうと思った
*久しぶり 仏教の本 読んでみて 世の中変われど この界変わらず
*ITが 何でも解決 しないけど 仏教がこれを どうみているかだ
*ITが 何でも解くとは 思わねど 釈迦はこれを どう見るかだぞ
*ITが 一過性とは 思えない 人の心も 変えるしろもの

第173話 (98/2/2) 37-2  20150821
「ママ、分かる…先生がもっと分かりやすい字で書けって」
「それじゃ、しばらく練習すればいいじゃない」
「でも分かるでしょう、ママ。僕が奇麗に書いたら、先生が僕の間違いを見付けちゃうじゃない」
<訳者独り言>「福益さんの崩した字は達筆過ぎて読めないよ、もっと分かり易く書いてよ」
「そんな字が書けないから書いてるんだよ」


 

変な町 [一日一首]

2015年8月20日(木)
 今朝は6時に起きて一本松の所に集合した。①それというのは昨日は私の花の水かけ当番だったのだが、ホースが蛇口の所へ来てない・・・・・どうやら誰かが悪意でその蛇口を外したらしい。そもそもそのホースがどのルートで来ているかなんて言うことを知ってる人はほんの2,3人なのだが・・・・そこで今日は誰がやったということはともかく復旧作業をした、そうでないと花が枯れてしまうからである。②この歌壇では2月にも車で乗りあげて葉ボタンを踏みつぶすということがあった。これも悪意以外に考えられないのである。そもそも歌壇は歩道の脇にあるのでわざわざ歩道を通らないと踏みつぶすことができないのである。③つい最近うちであったことだが玄関に置いてある自転車が無くなった。近くの駅だとか、公民館を調べたがどこにもない。こういうことをする人は駅へ行くのだが時間がないとかでちょっと失礼というわけである。ところが次に日の朝玄関に出てみると件の自転車があるではないか。全く変な出来事である。
*変なこと おかしなことが 起こる町 可愛そうな人 心無い人
*嫌がらせ 何も感じない 変な人 心がすさび 小さな悪を

そういえば①十何年か前、我が隣町で殺人犯が潜んでいるのが見つかった、なにしろ時効寸前だったので大きな話題になった。今は多分有罪判決のはずである。②気の変は男が親を殺したという事件も有った。③三十年ほど前になるかそれまで成功者の第一人者だった男が破産していろんな人に迷惑をかけた。今はどこにいるか知らない。ともかく全国版のニュースになったのだ。 ④もう一つある有名な県会議員が酒気帯び運転でコンビニに突っ込み即頸になるという事件もあった。これらはほとんどが全国版のニュースである。

第174話 (98/2/3)P40-1  20150820
おばあちゃんが孫に話しかける。
「ねえ、レーシックおばあちゃん忘れちゃったんで教えて。7月は何日有るんだったっけ?」
「分かんない」
「どうして分かんないの?だってあんた学校へ行ってるんでしょう?」
「行ってないよ、だって今は夏休みだもん」
<訳者独り言>この種の答えは私もよくやったものだ。そしてお前は理屈っぽいとよく言われた。


仲省吾について [紹介]

20115年8月17日(月)
 ひとつ前に書いた仲省吾しについて紹介しておこう。
 実は私はこの人のことをもっと詳しく知ろうと、ウェブで調べたがあまり出てなかった。
 或いはご存じの方もいるかもしれないが、先の「誇り高い日本人でありたい」のなかに彼のことが載っていた。
 しかし余計なことであった、というのは仲省吾を検索すると、かの「誇り高き・・・」が載っていたからである。失礼しました。

第1021冊 誇り高き日本人でいたい(C.W.ニコル) [日記 一日一首]

2015年8月17日(月)
 これで4冊目かである、不思議な方である。
誇り高き日本人でいたい(C.W.ニコル)
 2004年発行だから10年前である。もっと新しいものがないか探したが見つからなかった。しかし著者が作った黒姫の森林公園(?)はまだ元気に活動しているようでこの秋に行ってこようと思う。この人の本は話が飛び飛びなっていてわかりにくいが。先ず面白かった。簡単にその経歴を思い出すままに書いておくと。
① 生まれは英国南のウエールズ州 ②17歳位にカナダから北極探検をしている。③エチオピアで環境改善か何かで行っているが、これは何故帰ってきたのかよくわからない ④勇魚の取材で捕鯨船に載せてもらい南氷洋へ ⑤日本に帰化 ⑥黒姫で土地を買いアフィンの森を実現 ⑦この間に2回日本人と結婚している。 ざっとこういう具合だがついこの間見たテレビでは小笠原とか沖縄屋久島等全国を歩き回っているようだ。主に環境というか森林、川等の保存、復興に意を注いでいる。かつては環境庁だの林野庁などへ談判に行ったらしいが今はそうでもないのか、もう歳(1940年生まれだから75歳)だから・・・。
また、氏の交遊録として開高健とか高円宮殿下として仲省吾氏の話が載っている。仲氏については別に述べるとして氏の交友範囲が広く、誰でも附き合っているという感じである、かといって非常に感情の起伏が激しいというか好き嫌いがはっきりした方で、ダメな者はダメと言ってるのではないかと思う。
最近の日本人を見ると、大切にすべきアイデンティティーを簡単に投げ捨てているように思える。そのアイデンティティーとは一つは日本は70%が森(ちなみに中国は12%)で死んだら森に還るという死生観がまったくなくなっている。2つ目は武士道精神がなくなっている。自己犠牲の精神と勇気が無くなっているということだが。耳が痛い。正直言って私には二つともない。
最後に「同じような肌をして、同じような行動や考え方をしないと日本人として認めないような生き方はそろそろ捨てたほうがよい。日本の最大公約数的な生き方をしないと仲間に入れないという言う事では寂しすぎる。これは氏の実感であろう。
*こんなにも 日本贔屓が 居るのかと 思わず自分が 恥ずかしくなる
*びっくりだ 昨日まで元気な メダカたち 突然6匹も 死んでしまった
*メダカも 私も一緒に パニックだ 起きたら鉢に 死体がゾロリ
*何故死んだ 元気だった メダカなのに 朝起きてみれば 屍が浮く

第175話 (98/2/4) P41-1  20150817
「ミコルカ、どうしたんだい?どうしてそんなに浮かぬ顔をしてるんだい?」
「うん、パパが冗談を分かってくれないんだよ」
「どんな冗談なんだい?」
「うん、昨日は4月1日だったろう。僕がパパに学校から呼び出しが来てるよって、言ったの。冗談だよ、冗談。ところがそれが分からずに学校へ行っちゃったの。うん、それが昨日の晩分かっちゃたの…・」
<訳者独り言>何年か前の4/1 「おい、今日帰ったら、みんなで久しぶりに外へ食べに行こう」と言い残して仕事へ。 仕事から9時頃帰ったら「8時半までみんなで待ってたのよ、どうしてくれるの」その後1週間ほど口も聞いて貰えなかった。