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マグカップ修理 [日記 一日一首]

2014年5月30日(金)
 昨日からやっているのだが、マグカップの取っ手が取れてしまった。机の上から落ちたときに撮れたものだが3つに割れた複雑骨折である。この取っ手というのは基本的に弱い部分らしく一昨年娘が「お父さんがマグカップを集めているので買ってきたよ」、と備前焼のマグカップを買ってきてくれた。これが何もしてないのに件の取っ手が取れてしまった。どうもこの取っ手というのは取れる手ではないかと思う。今年の春先に近くのレストランで個展の展示販売をやっていたのでそこで桜の模様のマグカップを買ってきた。その作者が居たので「この取っ手というのは「とっても」も弱いものですね」、とダジャレこんだ。氏は「とっては後から付けるものですので弱いですね」とわけのわからないことをいう。確かにテレビで製作工程をみたらこの取っ手は最後に接着剤みたいな液につけてどんどんこれだけを付けているのをみた。
 さて、この取っ手だが備前焼の時は単純骨折だったの接着剤を買ってきてくっつけたら簡単に治った、まったく後遺症はない。実はもう一個取っ手の取れた九谷焼のマグカップがあるのだが、カッコいいのでそのまま使っている。今から思うとというか備前が成功したとき思ったのだが、「修理すればよかった」と思ったのだが後の祭り。もっともコーヒを入れたりは出来ないのだが何となくかの「何でも捨て女」の家内も捨てがたいのであろう、そうでなかったら「捨てるわよ」としつこい、そして私の気のつかないうちに処分してしまうのが今までの常である。
 さて、やっと本題に近づいたが、3つに折れたというのが曲者で(①、②で折れてしまった)、一度に3つをくっつけて本体に取り付けるというわけにはゆかない。というのは接着剤が固まるに半日は掛かるので変な格好にしておくとすぐ外れてしまう。さっきの備前の時はいきなりくっつけても大丈夫なのだがこれはそうは行かない。
 第1工程:そこで昨日は3つを一つにくっつけて今日はそれを本体にくっつけるという2段作戦なのだ。ところが3つの物を一つにするというところが第一関門でどういうう順番にくっつけるかというのが折れ跡だけでは判別できない、というか難しいのである。思えば遺跡発掘などで焼き物の破片をくっつけているが大変だなあと変なことを考えたりする。なんとかくっつけたがちょっといびつになったようで第2工程が心配である。
 第2工程:さてそれを本体にくっつけるのだが、案の状上を合せれば下が合わない、下を合せれば上が食い違うというという問題、さらに無理にくっつけるのは良いがそういう状態で養生するというか固まるまで待つということができないのである。簡単な保持装置、たとえば万力とか何かがあれば何とかなるだろうが、これも今から考えればの話。なんとかだましだましやったのであるが、今朝見ると③,④すぐにとれそうである。そこで第3工程が必要になった。
 第3工程:補強取付である。
 庭の砂利というか砕石というのか、そこからぴったりの物を見つけてくっつけるのだがだんだん面倒になってきた、ええっやっでくっつけたのが ⑤⑥だが決してカッコいいものではない。でもこれで今日ビールを飲んだら美味かった。

マグカップ.jpg
①②は折れた部分  ③④はくっつけたがきちんとくっつかない ⑤⑥補強である。

今日はそれまで・・・あああ疲れた。

マンデラの追記 [日記 一日一首]

2014年5月29日(木)
 マンデラに関して、足りない部分を思い出すままに書いておこう。
 先ず、マンデラが大統領になる前のことだと思うが、世界中から新たな資金を投入しないとか、工場を撤退するとかということで南アが疲弊してきた。ところが日本だけがそういう行動をとらないので世界から顰蹙をかった、という事実である。自分勝手というより、経済優先、人種差別なんてどうでも良いんだ、金にさえなれば・・・・という精神が裏にある。「情けない・・・!!」という気持ちで一杯である。時の政府は自民党だが、「おい何してるんだ、引き揚げろ」と一声かければいいのだが・・・・
*言い分は あるだろうが 金にさえ なればいいとう ことは許せん
*経済と 人間性と どっちが 大切か分からないのだろうか
 これと今度の安倍の暴走というか数さえあれば何をやってもいいんだという風(かぜ)と似てないだろうか。一歩ゆっくり考えて欲しい、自民党の連中全員が賛成してるのだろうか?極端に言えば、徴兵制だって復活するのでは、「自分らで国を守らなきゃどうするんだ」という風潮である。
*靖国や 秘密保護法 集団的自衛権 船はどんどん右へ

 二つ目は女性観だが、最終的にはマンデラは3人の奥さん結婚した。一人目は「宗教の違いでマンデラの実力行使主義に反対で別れた」と本ではなっていたが映画は違っていた。二人目のウィ二ィとはまさかと思ったが、マンデラが大統領になる直前に不倫とか金の使いこみでマンデラが切ったらしい。あれだけ投獄中に苦労し自分も投獄されたウィ二ィが何故あんなことになったのか、やはり女というのは・・・・いや男もおんなじか・・・・
 ここで内助の功なんていうと古いと言われそうだが、
*ウィ二ィよ 何故マンデラを 裏切った 最後までついて 行けばよいのに

最後にマンデラの国際交流というか、海外交流である。
 投獄前にもアフリカ各国を回って支援を要請しているが、釈放後全世界を回っている、すごい人で身動きが取れないほどであった。日本へも来て天皇陛下と謁見している、アメリカでも当時クリントン大統領と会談しているが、数十万人の歓迎を受けたという。ことアメリカについては昨日かに、アメリカがマンデラを「テロリスト」という認識はつい最近まで持っていたということと整合性がないが、何故そんな認識を持つのか不思議である。マンデラの感想の中に「アメリカの身辺保護体制が世界中で最も優れている」というのがあった。ともかく政治の世界というのは我々庶民には分からない。そこが難しい・・・

第23話 (1997/9/3)――イギリス――

離婚訴訟の時、裁判官が言った、「結婚したときには、あなたの夫にも何か心を引け付ける物が有ったのでしょう?」

「え、有りました、有りました。でもそれが一シリングに至るまで使い尽くしたのです。」

<訳者独言>数えたことはないが、何パーセントが離婚に関する物か。それにしてもこの手のテーマが多いのにはびっくりする。




映画「マンデラ 自由への長い旅」 [日記 一日一首]

2014年5月27日(水)
 映画を見に行ったのは昨日であるが、載せる時間がなかった。
 言わずと知れた昨日の本の映画版である。
 正直な感想はマンデラが最も嫌っていた、奥さんのこと家族のことが中心の映画だった。しかし思想的なこととか運動に関することを映画化するというのは難しいから仕方がないのかもしれない。珍しく家内も一緒についてきたのだが、彼女の感想は「良かった」だった。めったに褒めない女なのだが珍しい、私に対するお世辞かもしれないが「詰まらんかった」と言われるより良い。私にしても「詰まらんかった」とは思ってない。
 島(ロベン島)での重労働(過酷なと言いたいがそこまでは表現できなかったようだ)のようす、アパルトヘイトというのか白人(看守や一般白人)が如何に黒人をバカにしているか、犬畜生と同じに扱っていたかということはよく分かった。
 感動的だったのは最後の方で大体次のような一言である。
 「白人は我々に惨い仕打ちをしてきた、今我々の手に政権が渡ろうとしている、皆さんはどんな仕返しをしてくれるか期待しているだろう・・・・私は彼らを許す・・・」ということだ。

 映画には出てこなかったが:
 世界中からの抗議や資金や工場の引き上げに見舞われた白人政権はマンデラを釈放せざるを得なかった、しかしアパルトヘイトや差別法は維持したかった。たがって釈放後もアパルトヘイトは続いていた。マンデラが大統領になり、一期で辞任した、後継者に禅譲したのだが、それからどうなったのかというのはあまり出てこない、4年前の南アフリカワールドカップも平穏無事に終わったという印象はない。でもあすこまで漕ぎつたというのは黒人政府の手柄だろう。
*マンデラは ワールドカップを 観て死んだ その喜びを 天国に持ちて、

第25話 (1997/9/6)――ノルウエ――

始めは両親は赤ん坊に歩け、喋れと言う。しかしそれが過ぎ成人に成るまでは、じっと座ってろ、黙っていろとうるさい。

<訳者独言>これは面白いと思った。「なるほど!」とうならせる物である。

第979冊 「ネルソン・マンデラ」自伝 [読後感 + 一首]

2014年5月27日(火)
 何日か前に紹介したマンデラの自伝だが、やっと間に合った。というのは昨日からその映画化されたものが再度封切りされたからでその上映期限が一週間と短のとこの本がやたらと長く1000頁にもなるからだ。
 実は他に500ページほどの類似の本を併せ読んだのだがやはりいろいろの意味で感動した。
 なんといっても彼マンデラの「不屈の精神」である。この一言に尽きるか・・・・
 それと政治というのは難しいものだなとつくづく思った。それは釈放後の動きだが彼の支持者は黒人政府を作るものだと思ってたが、かれは他の国々の例(近隣の国でそれを実施して失敗している国がいくつかあった)をみて、極端に言えば「私は一人一票、アパルトヘイト一掃・・・さえやってもらえれば政権など取る必要はない」、一方白人側は「自分達がやってきたことを黒人がやるのではないか」と思い逃げ出す。正直言ってほんとうのところどういう決着がついたのか、マンデラの夢が叶ったのかそこまでは書いてない、いやあったのかもしれないが何しろ分厚いので読み切れなかった。

何故か昨日は休んだ [日記 一日一首]

2014年5月27日(火)--1
 なせか昨日は載せてないいわゆる罪の意識もない。
 昨日の出来事と言えば、プリンターの修理でうろうろ探してた・・・・くらいか。
 プリンターのインクが出なくなり、何回クリーニングしてもダメなので修理しようとメーカのサービス部門へ持って行ったが、分からない。結局電話帳で調べ電話すると移転したとのこと、移転先へ電話するとそんな電話番号は登録されてないとのこと。しかたがないので買った電気店へ持って行ったが保証書がないので有償だという、しかし製造年月日を調べると一年経っていない、そこでそこのポイントカードで調べると昨年の11月に買ったと分かった。すぐ手続きをして帰ったが。半年前に買ったものが保証期限ないかどうかが分からないほどぼけてしまったのかと思うと情けない。
 そうそう、ボケ話をもう一つ、恥を忍んで・・・・
 先のメーカを教えてくれたのが件の風邪ひき男なのだが、「まあ入れ、昨日撮ってきた写真を見せてやる」というので入り込んだのだが、かれは水に写った樹だとか波とか私にはよく分からないものをしきりに説明する(御免ね彼の風邪ひきさん)。そこでいい加減なところで帰ってきたのだが何故彼のところへ行ったかと言うと、CFカードリーダを返しに行ったのだが、肝心の返却をしないで帰ってしまった。
 序にその顛末を書くと:今日再び返却に行ったところ、「まあ入れ、今朝撮ってきた写真を見せるから」と言う。「危ないなあ」と思い、入ると、今朝5時半に起きて近くの湿原でハッチョウトンボを撮ってきた。という、それは私にもよく分かるものだった。何しろ全長2cm位の小さなトンボなのだが翅に水滴がついているので乾くまで動けない、でも感動的なものなので拡大写真を一枚コピーしてもらってきた。本当は昨日のプリンターがあればそれをスキャンして載せてもいいのだが、残念ながら・・・ そうそう肝心の用件は「危ないな」と思った時点ですぐ返した。

那殿観音 [日記 一日一首]

2014年5月25日(日)
 午前中スポーツフェスティバルというのがあり、久しぶりに出てみた。
 午後、去年歌会の吟行会を実施した那殿観音へ行って来た。年に一回開扉法要が5月最終日曜にある。今日がその日である。実は私は先月間違えて行った。平生は全く訪れる人がいない静かな場所だが、私にしろ家内も好きな場所である。今日そこで目の前で絵ハガキを要望に応えて書いてくれるサービスがあった。今までにないことだ。私は彼の鉄人に送るために下のようなものを作ってもらいこれに次の歌を書いて送った。
那殿の絵葉書1.png
*那殿山 黒もこ岩の 岩陰に 木漏れ日浴びて 山百合の咲く
*那殿谷 小鳥ピイピイ鳴きやまず岩に座りて一人聞き居り
夜なでしこの優勝を見た。
見事やってくれた、優勝だ。
*ナデシコが 悲願の優勝 勝ち取った 危なかったが 何とかとった
遠藤は7勝8敗の負け越しだった。金沢の全国高校相撲大会で金沢市立工業が優勝した。

第22話 (1997/8/31)――スエーデン――

アンデルセンが友達に不平を漏らした。「妻が俺に床磨きをやれといって、苦しめるんだ。」

「じゃあ、俺がお前に良いことを教えてやるよ。」友達が言った。「奥さんがまたお前に床を磨けって言ったら、机を叩いて大声を上げて言うんだ “もうおしまいだ!” って。」

アンデルセンは言われたとおり行った。しかし彼の奥さんは眉を動かしただけで、夫に問い返した。「面白いわね、何が終わったって言うの?」

「そ、それは磨き砂が終わったんだよ。」震えた声で、廻らぬ舌でアンデルセンは応えた。

<訳者独言>始めはなかなか分からなかったが、先日のロシア旅行の飛行機の中でスチューワデスに聞いてやっと分かった(英語だったが)。 натиpаниeм пoлoв. を「fine、fine」と言って床を拭く格好を見せてくれた。

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Zweigen 金沢は負けた [日記 一日一首]

2014年5月24日(土)
 今日はJ3リーグのトップ対決 Z金沢対FC町田があった。0対1で負けた。観客は2500人と少なかった。もっと入らないかなあ・・・・試合は終始町田の方が押し気味でパスは通るし、インタセプトはするし。もしも金沢が勝ったとしたらまぐれとしか言いようがない。ちょうど今日の遠藤のように、攻められて最後に「引き落とし」とか「打っちゃり」とか「はたきこみで」勝つ。サッカーでいえばゴールキーパがボールをはじいたとか相手のオーンゴールで勝つしかないのである。要するにまだまだ研究訓練の余地、伸びシロがあるということだ。逆に言えば仮にフロックでJ2(3役)に昇格してもすぐに落ちてしまうだろうということである。

*責められて 打っちゃりで勝つ のでなくて 攻めて相手を 土俵で押し倒せ
*同じ道 車が行くから サッカーかと 思えばみんな 野球観戦(とほほっ)

*鉄人は 今日も富山へ 水汲みに その心境を 測り涙す
 その水というのは立山の下にある名水で、石川にも名の知れた万病に効くと言われる「あなんたんの水」(穴の谷の水だろう)だ。私も20年ほど前、義父が不治の病に罹ったとき家内とそこへ水汲みに行って来た。今はどうなっているか分からないが、当時は車から降りて一輪車で水汲み場まで歩いたものだ。それを思うと鉄人は強がりはいっても、人間なのだな・・・と思い。改めて人間というのは一度は死んでおしまいなのだと思うのである。 
 明日はスポーツフェスティバルと那殿観音の日である。

第19話 (1997/8/20)――デンマーク――

夫が仕事から帰るなり妻を怒鳴りつけている。

「また晩飯の用意が出来てないのか、俺は飢えた狼のように腹を空かしているんだ。俺はレストランへ行くぞ、ところでどれだけ我慢をすればいいんだ?」

「5分待ってよ」妻が謝る。

「5分で何が出来るというのだ?たとえ一日掛かったって何も用意出来なかったではないか」

「心配要らないわよ。私急いで着替えてあなたと一緒に行くから。」

<訳者独言>これはデンマークの話。日本の共稼ぎ家庭ではこんな風景は珍しいかも知れない。ロシアでも共稼ぎが多いから、「えっ?」と思った。がなかなか出来の良い作品だと思う。
〇それにしても悪妻というのは世界中にいるのだ。




ヤマボウシだが・・・ [一日一草]

2014年5月23日(金)
 最後にプリンターの目詰まりでがっくりきている。それより先に、
*遠藤は やっぱり負け越し 当然だ やる気がないなら 相撲をとるな
要するに悟りの時代の教育を受けているのだ、負けても勝ってもあの冷静な能面のような顔。
*なんだったの 先場所初めの 一枚目 下がって下がって 歯止めが効かず
 あるものを印刷しようとしたらプリンターの、黒色インクがどうしても出ない、詰め替えてもでない。目詰まりで要修理のようだ。
明日は金沢でサッカーJ3の1位2位直接対決、もう寝ます、おやすみなさい(24日 01時15分)続きは明日
 5/24 午前10時半
 ヤマボウシは2本ある、一本は私が山から採ってきたものだが、これが最初から一杯花が咲きパソコンの壁紙に使うくらいだった、2年前に息子と家内が共謀して枝の一部を切ってしまい。見事と言うほどでなくなった。でも今年も綺麗な花をつけている。もう終りがけである。もう一本は玄関の前にあるものだがこれは10年ほど前に植木屋が植えて行ったものだが今まで咲いたことがなかった。だが、今年は普通に咲いてくれた。これがその写真である。
山法師2.jpg

これはもう一本のほうの拡大写真である。

 IMG_1378.JPG

第18話 (1997/8/14)――アメリカ、スイス――

「どのようにしてそんな年まで生きられるのですか?」100才まで長生きする人の居る小さな町のレポータが住民に聞いた。

「それは、ただただ私の夫のお陰です。」お婆さんが答えた。「そうそうなんです、哀れな彼のお陰です。彼は30才で亡くなりました…」

<訳者独言>金さん銀さんはどうしてあんな年まで生きてこられたか、聞いてみたいですね?





何となく一日過ぎたようだがいろいろある [日記 一日一首]

2014年5月22日(木)
 何となく一日過ぎてしまったように思う。大体起きたのが12時過ぎ、というより寝たのが午前5時だから乱れている。
*5時に寝て 昼に起きては 乱れ過ぎ きちんと褌 締めてやらなや
*家内留守 だからといって 乱れては 万一の場合 どうするんだ
 というのは私は月一回ボランティアでゴミ収集の手伝いに出ている。そこに来る和服の爺さんだが、和服というよりそれこそ褌が丸見えのようなダラシノなさである。もし私があんな格好で人前に出たら家内から勘当されてしまう。多分あのおっさん一人暮らしなのだろう。
 もう一つ:我が家の下に「しらさぎ」という団地ができて15年ほどたつ、100件ほど若い人たちが集まってきている。その中に定年過ぎた男が居るが、そこのうちの前というのが引っ越しの荷物がブルーシートをかぶせたままここ10年ほどそのままになっている。彼の褌まる見え男もこの団地で住んでるようなのだが・・・・それこそ何をしようと他人に迷惑が掛からなきゃいいんだが、目をそむけたくなるような不快感を与えるというのも迷惑な話である。軽犯罪になるのか公序良俗違反になるのかは別として、他人に不愉快な思いをさせないというのは今日の社会生活には不可欠なことのように思う。要するにこんなことになっちゃだめだという自戒の念である。

さて、今日何をしたかということをメモしときゃなきゃ、今は日記を書いてないので・・・・
 昼はうどんを作り、コップ半分の日本酒 それから近所の友人にアヤメの株を分けてもらいに行って来た。この友人は腰を痛めてやっと歩いている、S24年生まれだから私より5歳下である。昨日だったか隣のおばさんがクルブシを骨折したと言って2か月入院していたがやっと帰ってきた。その第一声が「年だね」だった。彼の腰痛男も「年だね」と言いたいのだが私より若いのだから言えないらしい。
*いたずらに 年を取っても 迷惑だ 寝てばっかりじゃ 生きてる甲斐なし
*アヤメ咲き シャリンバイも 盛りなり 春盛りには 花が一杯
駄作2首でした
 それから先のクルブシおばさんがやっている飲み屋へ行ったが、開店休業だった、折角6000歩も歩いて行ったのに・・・・という具合で電車でバック(140円)どこへ行こうか迷いに迷ったが結局寿司とお澄ましの粉を買ってきて晩飯。
*遠藤も 砂大嵐に破れたり これじゃ負け越し あと一敗でだ
*育ちよし 顔に覇気なく ぼっこりと ゆっくり立って 敗けてしまった
*顔かたち いくら良くても 勝負師は 勝たなきゃいづれ 忘れ去るのみ
*羽生善治 森内に勝ち 奪冠だ 4連勝とは 言うことなし 
*ナデシコは 中国に勝ち 決勝だ 最後のコーナ 石清水が決め

もっとまともな歌も作ったのだが・・・・

第16話 (1997/8/5)――インド、ウクライナ――

妻:「一晩中眠れなかったわ。だってあなたはいびきをかくし、犬は吠えるし…・・」

夫:「じゃあ何かい!お前は俺が吠えて、犬にいびきをかいて欲しかったのかい?」

 

シャリンバイ [一日一草]

2014年5月22日(木)
 昨日から家内が友達と旅行に出ているので私と息子の二人である。上州の方へ行っているのでちょっと天候が気になったが・・・・
 さて、カメラが嬉しくて今日も海の方へ行ってシャリンバイとトベラを撮ってきた。本当を言うとシャリンバイをとってきて植えようと思っていたのだが、どうやらほとんどが人間が植えたもので自然に生えたものというのは極めて少ないことが分かった。それと、写真の編集というのは今までペイントだけでやっていたのだが拡大/縮小とか、トリミングだけでは物足りなくPaint shop Proを使ってみようとおもったのだが、取説(4.2用)のバージョンが合わないので役に立たない、あまりにも違い過ぎるのである。
 さて、シャリンバイだが同じ名前の木が他にもあるらしいが通常はこれを指す。
シャリンバイ1.jpg

車輪梅というくらいだから梅のように5弁でたくさんの花をつける。綺麗なのだ。私の好きな木の一つである。近くの海岸の植えたのを見てみると風の当たるところは枯れていた。しかし、それより環境の悪いところでハマナスが自生していたので不思議だ。
シャリンバイ2.jpg
また、すぐ近くにトベラがあったがまたいつか載せよう。最近のインタネットはこういう写真はこれでもか、これでもかと言う風に載るので以前のようにありがたみがない。ぜひしかるべきURLを見ていただきたい。私はそんな方々と競争しようなどと言う気はさらさらに無い。

日本海の 塩風にも 耐えてきて 見事にに咲ける シャリンバイの花 
*潮風を まともに受けて 耐えてきて 春になったと 咲くシャリンバイ

第12話   ―――アルメニア―――

「あなたはもう60なのよ。ぼけてるのよ!真面目な50才の女性と結婚するより18才の娘をつかみたいなんて、自殺行為よ。」

「君の言うとおりだ!しかし錆びた古い鋸で殺されるより、鋭いナイフでやられる方がいいって言うからね」