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素晴らしい一日であった [日記 一日一首]

2014年2月28日
 2月ももう終わり、昨日今日と実にいろいろあった。
 事の起こりは昨日、ステージ4の癌患者(萱間さんという)に遭った時から始まる。
1.9時ごろその患者から電話
 ①昨日上げた蕗の薹味噌と柚子味噌のお礼「美味かったよ、家内がいい香り」といってた、ともかく有難う。
 ②あんた、あんたの町にいる「飛鳥さんの歌会へ入れ!」、電話番号を教えるから日を聞いて見な、結果を電話してくれ
2.早速飛鳥さんに電話
 ①彼女は家内の友達で、20年ほど前私がロシア語の勉強を再開したときの仲間でもある。
 ②「福益です」「ああ、和子(家内の名前)の・・」」あなたの歌会のことで聞きたいのですが」
 ③結果:イ)月一回第2日曜の13時から ロ)1週間前までに2首作って ハ)加賀さんのところへ送って欲しい
 ④あんた何とかいう会の(忘れたが『運河』かもしれない)同人にならないかね、入るといやでも歌を作るようになるから
 注:③ハ)の加賀さんというのは「雲はたち・・・」という高校球児の歌詞を作った加賀大介の奥さん
3.再び萱間さんに
 ①2.③を連絡
 ②「ありがとう、嬉しいな、あんたと会えるのが楽しみだ」とまで言ってくれた
*不思議だな 初めて会った その人と 歌会で一緒に なるとは不思議
*不思議だな その先生を 知っており 今まで歌集を 家内にくれた人
 ③「詳しいことは葉書で送るは」で切る
4.ところが葉書よりメールの方が安く上がるし、いろいろ書けるのでメールアドレスを聴こうと思って萱間さんを紹介してくれた人(赤松さんという)に電話
 ①SNSがどうしたこうしたで、電話番号を入力すれば大丈夫だよとの返事
 ②やってみたが駄目だったので葉書にして送った。
5.確定申告をしなきゃと思って図書館へ行こうと思って準備完了したところへ件の赤松さんから電話
 ①「鶴が48羽居るからすぐ来ないか?」、「すぐ行く!」
 ②現地に着くと確かに居た、しかし昨日教えてもらったところと違う
 これから一騒動、また次回
*いろいろと 生きておれば あるものだ 健康なれば 何でもできる

ツルはいなかった [一日一首]

2014年2月27日
 今日、近くの友人と一緒に彼の友人と金沢で会ってきた。その人はステージ4のBクラスの膵臓癌患者なのだが、元気そのもので外見上はだれもそんな重病患者だとは思えないひとだ。いつかまたこの二人について書くとして。その時北帰行というのはツルが北へ帰ることを言うのだと知った。我が石川にも2,3ヵ所生息地があり北帰行が近づいているというので、金沢から帰り早速片山津の生息地へ行って来た。ところが一羽もいない、その辺を歩いている人に聞くと「もう帰ったんじゃないのかな・・・・」とショッキングなことを言う。私のさきの友人は昨日北帰行の写真を撮ったと言って見せてくれたがなかなかのものだった。「遅かりし!」という感じである。
*聞いてすぐ 生息地へ急ぎしも 見渡せぞ ツルの影なく 北帰行の後
*またあとで 南からのツルが 立ち寄ると いうを信じて 虚しくj帰る

●●2015年2月6日●●
 やっと鉄人と会った日がわかった、2月も終わり頃だったのですね。
*鉄人と会ったのはまだ一年前それからのこと思い出しおり 

思うように動かない [日記 一日一首]

2014年2月26日(水)
 載せようと思うのだが、パスワードが受け付けられない、などのトラブルが続き、ただでさえ気力が無くなっているのに拍車をかけられたような気分である。そして今やってみると動くではないか・・・・一体どうなってるんだろうと自信喪失になりかけている。
 オリンピックも終わり平静になりかけているが、大雪に関しても一言も二言もある。
北陸に 雪がないのに 大雪だ 異常気象でなくてなんだろう
*大雪が 何故起きたのか 気象庁 温暖化とは 関係ないのか
*わが里は 雪の積もった日は 2,3日 20年前には 50センチもあったのに

話があっちこっちへ飛ぶが・・
昨日の真央ちゃんのインタビュー面白かったですね。あの馬鹿森が「大事な時に転ぶ」なんて言ったものだから「今頃は後悔しているでしょうね」と言われてしまった。でも、真央のフリーでの演技には感動しましたね、また終わってからのあの泣き顔というのか、何かの面のような顔は忘れようにも忘れられません。
中国のお面のような真央の顔 感極まってしばしの間
まだまだいくつか作ったのだが、おいおい載せることにしよう。

 短歌の本も完全に読破したのは最近では北杜夫の『青年茂吉―「赤光」「あらたま」時代』、『壮年茂吉―「つゆじも」「ともしび」時代』、『茂吉彷徨―「たかはら」「小園」時代 』『茂吉晩年―「白き山」「つきかげ」時代』である。そうそう斉藤輝子(茂吉の妻)のことを書いた「猛女とよばれた淑女」も読んだ。そのほかはほとんど途中で投げ出してしまっている。もっとも最近は先日書いた土屋文明に関すもので、今日もアマゾンから「歌集」が届いた、「新短歌入門」も面白い。
*どの人も 続けることが 第一と 言うは易く 行うは難し
そういわずぼちぼちやります。

 

ソチオリンピックに感動 [一日一首]

2014年2月22日(土)
 今テレビで感動シーンを見ているが、やはり乾動した。
 今までこんなことは無かった。中でも真央ちゃんの涙が良かった。
高梨紗羅は残念だったがまだ若い。

〇選手達 みなありがとう よくやった 日本のために 感動ありがとう
*安心か 残念の涙か 真央の眼に 顰めた顔に やはり無念か

書き忘れたので更に書きます。
今日は60年ぶりに同窓会があった。小中学9年間一緒に遊んだ仲間たちと。
二次会ではカラオケで「さくらさくら」「故郷」「アザミの歌」「しかられて」などなど皆で合唱した。
私は私なりに「長良川演歌」「涙の酒」などを歌ったら、「よほど注ぎ込んだね」と言われた。
〇みな古希だ 一生懸命 がんばって まだまだ生きて 次回は喜寿だ


土屋文明について [一日一首]

2014年2月21日
 歌会のメンバーの中の88歳のばあさんが、「私は土屋文明がすきです。」というから文明の本を若干漁った。すると、氏は100歳まで長生きしたということが分かった、また茂吉が戦後のアララギを「あれは土屋文明が一人で仕切っている。」ということを何かで読んだ。氏の短歌入門とかアララギあるいは新聞短歌欄の選歌の中でも落選の理由が面白いというか、その酷評ぶりがすごかった。たとえば、
『*旭に向かい日課の朝の体操す若葉の光り眼をさす如し
 一首整然としているのだが、作者の情感というもののあらわれが見られない。殊に「眼をさす如し」という説明は、小学生の算数の答えのようで、何の感動も起さないようだ。作者は、教養ある中老の人と見えるが、教養と詩作、歌作とは、縁のあるような、ないような、実はないものなのである。そのことを心に置いて、自然を、人間の行動を、我自らの心の動きを、単純にありのままにあらわすことを工夫したまえ。』
これはまだおとなしい方で、極端に「短歌を諦めて、農事に励めたまえ」とまで断を下している。いったい自分はどんな歌を作っているのかと調べてみたが良くわからなかった。
*文明の 批評をみると 短歌など 作っていては 生きて行かれぬ

でも面白い。

気力が無くなったのか??!! [日記 一日一首]

2014年2月21日(金)
 最近つくづく気力が無くなったのではないかと痛感している。例えばこのブログだがなかなか続かない。
短歌もやっと歌誌が印刷へ回った程度で、これもやっとやっとだ。
短歌の本はかなり読んでいるのだが、実践(実作)が進まない。先日、環境関係の旅行名古屋の方へ行って来たのだが、その帰りバスの中から見た伊吹山が素晴らしかった。兎も角まわりが茶色の枯れ木なのに、それだけが真っ白な巨体がにゅっと現れた。
*神々しき 白き伊吹山 現れたり 茶の山々の中でそれだけが白
息子によると、伊吹山というのは、豪雪の記録を持っているとか。あんな滋賀県(岐阜との県境だが)の山がそんなことがあるかと思っているのだが。

現在、記録更新中は先月から始めた「歩き」だ、万歩計で4000歩くらいか。これが珍しく一か月続いている、何とかづっと続けたいと思っている。
*なんとまあ 三日坊主の この我が 30日も続く 4000歩散歩

本も先日、「復活」を再読しようと借りてきたのだが、途中で止まったままだ。ただ、短歌の本はもう10冊ほど読んでいる、さっきも土屋文明と俵万智の本をアマゾンに頼んだ。何とか短歌と太極拳、歩きだけは続けたい。
 オリンピックを見る気にもならない、と言いながらもかなり見ているが・・・

●● 2015年2月6日(金)
 まだ1年も経ってないのに大幅に変わるものだと感心しながら読み返している。読み返すというのもいいものだ。
 何が変わったというと、4000歩以上歩くというのが今はまったく歩いていないということ。
 太極拳もやめてしまったということである。肝心な2項目が変わっては決意というものもいい加減なものだと痛感している・・・・・・

これでいいんだろうか [日記 一日一首]

2014年2月12日(水)
 今、朝日歌壇の中で「秘密保護法」に関するものを抜き出してみると少なくとも去年の12月以来37件のものが選ばれている。私は「オール読物」という雑誌に次のようなものを投稿した・・・がどうなることやら。。。
マスコミは 秘密保護法で 蚊帳の外 吾々市民は さらにその外
 私が去年から所属している歌会は曾孫の歌会だがその会誌の序文に次のような駄文を載せた。

『ひょんなことから当歌会に入って、間もなく一年になります。当時こんな戯れ歌を作りました。
*若い娘のエネルギー得んと入りしがとほほっとほほっ与える側だ(失礼!)
私と歌の関係は古いのですが、空白期間が四十年もあり、超初心者なのです。学生時代、ある歌会に所属し月に一回兼六園にある金沢神社で例会がありました。ところがそこが「孫の歌会」だと分かり。半年ほどで止めて今日に至っているのです。(実は当会は曾孫の・・・)』

何故こんなことを書くのかというと、これでいいんだろうかという疑問が浮かぶのである。世の中着々と右寄りにハンドルを切られつつあるのではないか・・・という。
先の朝日歌壇の中の一首に
*振り返り見ればあの日の立法が転換点だと分かる日が来る
*わが孫に赤紙の届くそんな日がきっと来るだらう秘密保護法

 曾孫の歌会ではそんなことは全く蚊帳の外で孫がどうした、曾孫がこうした、腰が痛い、足が居た、寝ている、死んだ夫はああだった、早く迎えが・・・と前向きに早く・・・というのやでやはりこんな中にいては私もこうなるのではと危惧している。
 ところが歌の世界ではどうかというとこれも生活さえできれば、何でもアリの日本の風潮を写し。所謂ノンポリの世界である。
 いずれまた・・・

短歌会の会誌発行に忙しい [日記 一日一首]

2014年2月8日
 世の中、オリンピックだ知事選だと騒いでいるが、表日本は大雪だとのこと。こちら日本海側ではここ2,3日で降った雪が10センチほど異常気象以外の何物でもありませんね。ところで安倍首相だがロシアへなんか何故行ったのだろう。かの国は人権問題等で欧米諸国の首脳はだれも出席してないというのに・・・安倍は一体人権問題をどのように考えているのか。国会でも何ら問題にならないというのがおかしい。
*人権と 領土問題 比較して どっちが大事か 分かっていない
*個人的 付き合いなんか 無関係 グローバルな 視点を持てよ
*日本では 一流気取りで いるけれど 世界の中では 二流の政治家
*靖国や 秘密保護法 すいすいと 反対無視して 右寄りに梶
*集団的 自衛権や 九六条 次から次へと 取り戻してゆく
現在ただ今、私は三月に発行する短歌会の会誌の編集に忙しい。

2015年2月6日 読み返しチェック
 会誌」「松の雫」発行は2013年ではなかったか???
 と思って第15号を見てみると確かにこのときやっていたのだと思い。何となく愕然とした。今年の終わりから第16号に取り掛かるわけだが、ということは毎年「松の雫」にかかわりを持つということになる・・・とほほっ

久しぶりです [お詫び]

 3か月ぶりにでてきましたv。何もなかったのですが、なんとなくです。
この間読んでいた本は殆ど短歌に関するものばかり、
斉藤茂吉のもの;北杜夫さんの「XX茂吉」4冊、奥さんに関する「孟女と言われた淑女」「赤光」、今は「万葉秀歌」、塚本邦雄、土屋文明、NHK短歌、俵万智等々であるが途中でやめたものや、まだ読み足りなくて借りて来ようと思っているものも少なくない。でも基本的には、「短歌をやるには年を取りすぎてるなあ」を実感している。2つ覚えて3つ忘れると言ってきたが、どうやら1つ覚えて4つほど忘れてしまう年になってしまった。語彙とか短歌そのものを覚えなくては進歩がないわけだが、今読んだものを忘れてしまうのだから、皆さんにはそういう心境は分からないだろう。でも、私が昨年入った短歌会には98歳、88歳が3人他60歳以上が3名から成っている小短歌会であるが、彼女たちが一生懸命やっているのを見ると頑張ろうという気になる。一方朝日歌壇なんかに小中学生が選ばれているみると、また、俵万智なんかを見るとやはり若くなくては・・戸迷いに迷っているのです。
*・・・・
・・・・・・