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太極拳の交流会があった [日記 一日一首]

2013年9月29日(月)
 昨日28日(日)に太極拳の県内交流会があった。立派な会場で数は百人がでた、ただし女性が9割くらいでわが「すいすいクラブ」も女性15人ほどに男2名だ。その会場で金沢の友人(彼が太極拳をやっていたので私もやろうかと思った)と昼飯を食べた。その時の会話で、今の女性が圧倒的ね占有している話題になり、私「短歌、俳句、詩吟、太極拳、お茶などでどうして女性が多いんだろう?」 彼「男性は、たとえ定年になっても、また記憶だ、競争だと言っても疲れていて・・・」
*どの会も おばさん・ばあさん ばっかりだ 若いねえちゃん 全く見えず

 囲碁の趣味の世界では、男性が殆どだが、将棋では小中学生、若い女性もたまに見える。
やはり、趣味の内容の違いか。私の知っている範囲では登山なんかも男女半々くらいか。

ここ10日ほど、庭の樹の剪定をやっているが、今年は方針を変え「枝作り」のやり方を研究している。クロガネモチと槇をやったのだが、後者はしっぱのようだ、」いまクロガネモチだが大木(7,8メートル)もあるのでこれはちょっと逡巡している。明日位小さい方の写真を載せる予定だ。

ところで、歌会の10月詠だが、
*草むらの 「海行かば」の碑 堂々と 未だに人を 見下ろして立つ
*暑かったね の答えはだれも 皆同じ 暑かったねと おうむ返しに
*背は高く 見目よく色白 酷暑でも 高砂百合は どこにでも咲く
に決めた。
   

雑詠集続き [日記 一日一首]

2013年9月28日(土)
更に覚書のつもりで歌を載せる
〇70近くになって来し方を眺めると
*囲碁のほか 登山・釣り・歌 太極拳 庭木の世話と 読書・ロシア語
*何もかも 中途半端で 終わりそう ロシア語、囲碁に 太極拳
*ちょっとでも ものになったは パソコンと 環境問題 ISOか
〇高砂百合を愛でて
*粟津駅 線路の向こうの 荒れた地の タカサゴユリを 一本折り来ぬ
*寝過ごして 目覚めてみれば 粟津駅 何の帰りか 思い出されぬ
*背は高く 色白の花 凛と咲き 四方を見下ろす 高砂百合は 

再挑戦(環境問題)を決意 [日記 一日一首]

2013年9月26日(木)午前3時
 このブログ戻って来たのにはあるきっかけがあった。話すと長いが、私はこのブログを始める前はあるプロバイダーで11年間ホームページを開き毎日更新していた、そのテーマはロシアの小噺アネクドーツの紹介だった、たしか4000回に及んだ(毎日翻訳しては載せていたのだ)。しかしそのプロバイダーが光ファイバーに対応してないということでやむを得ず中断したのだが、再開する気力はない。というのは11年間もやっていながら一向にロシア語が上達しなかったからだ。
 さて、この2週間何となく、今の生き方でいいのだろうか、なんていうことでちょっと一服していたのだが、歌会で*アルゴアが 「不都合な」ことは言われぬと 言った真実「現実」になる という歌を発表したが、まったく反応がなかった。アルゴアも知っている人は少なかった。「あれっ??」と思ったのだ。歌会の女性というのは比較的教養は高いと思っていたのだが・・・? それと、*快適な 図書館出れば 蝉の声 灼熱地獄の中で響きおり とこんな歌も歌った。 今年のバカ暑い日を詠ったつもりなのだが、一向に関心を示さない。かの婆さんたちは何を思っているのだろうと思ったのだが、婆さんたちばかりでなく、日本全体が地震、原発、東京オリンピック、経済成長、円高、円安、中国・韓国との問題などで燃えているが、環境問題はどこへ行ったのか、あの鳩山が25%と言った京都議定書はどうなったのか、クールビスというが、IPCCはだれも関心を持ってないのではないか? と思ったとき、私も3年前まではこの環境問題をテーマに講演をしたりしてたのに・・・と思うとあのアルゴアはどうしてるんだろう?という疑問というか、私もこんなことをしていていいのだろうかという気になったのである。
*環境を 余生の仕事と 決意して どこまでやれるか 挑戦する
*太極拳 囲碁や短歌は 続けるが 思い起こせよ 環境問題


第970冊 直木賞「ホテルロイヤル」(桜木紫乃)(途中) [読後感 + 一首]

2013年9月10日(木)
 実はこの小説は「オール読物(9月号)」で読んだ。この本というのはいわく付で、件の97歳の何でも屋さんが俳句を投稿しているのがこの雑誌なのだ。ここ2か月ほど入選したので貰ってくれと言われてもらったものだ。何でも屋さんというというのは、97歳で俳句、短歌、詩吟、太極拳とやっている爺さんなのだ。詩吟は最近5段を取ったとか、俳句は現在住んでいるところが旧松任市で加賀の千代女の生地であるから俳句の非常に盛んな所である。私が句会へ入ったのはたまたま太極拳をやっていたら、短歌をやらないかと言われ、私も以前からおりに触れて下手な歌を作っていたのでOKしたものだ。太極拳も3級とか2級とか言っている頑張り屋さんである。もともと、機械加工の下請けをやっていたのだが、10年ほど前に辞めたとか、その2年後に奥さんをなくされ今は一人暮らしである。
 さて、「ロイヤルホテル」だが最近の小説だけにエロっぽいところがなくては売れないのだろう、全部がそうだとは言えないがかなりそういう所がある。また、この雑誌では3章が載っていたが、先日たまたま本屋へ寄ったら同名の単行本があり、中身を見るとこの雑誌のは一部であることを知った。当然のことであるが、その本を買ってよもうとは思わなかった。出版社にしてみれば何としてでも売りたのだから、この雑誌でもいろいろ手を変え品を変えしては宣伝に努めている。「ロイヤルホテル」というのは父親が経営していた連れ込みというのかラブホテルをモデルにしたものだ、それだけに単行本の他の章にはその辺のことも載っているのかもしれないが・・・・
 これを最初に書きだしてから2週間たったことになるが、この間どこかへ行ってたとか病気で臥せっていたかというと、まったくそんなことはなく、何となく何となくなのである。この間歌を作ったり、釣りをしたり、庭木のお剪定をしたりしていた。只、息子の仕事のポススティングはやってない。
 

高岡の歌碑2つ [日記 一日一首]

2013年9月9日(月)
 昼から、囲碁ソフトの孟帝とレベル4でやったが負けてばっかりだった。今までは最高レベル5で2目置かせて勝ったことがあるのだが・・・やはり年の所為か、悲しくなる。ところが私の先輩で私より5つほど年上の男がこの孟帝に今じゃレベル4は低すぎるのでこれからはレベル5でやる、と言っている。この男は私に2目置くのだからまったく分からない。と言っても全部の人が解るとは思えないが、独り言・・・
 ところで、昨日の高岡の家持のセミナーだが、一昨日廻った碑廻りの歌が少しできた。
*雨の日の 暗き木陰に ひっそりと 堅香子の碑が ひとつ見えけり
*雨の日の 暗い木陰に ひっそりと 堅香子の碑が 寂しげに立つ
*秋の陽に 海行かばの碑 堂々と 未だに人を 見降して立つ
*秋の陽に 海行かばの碑 堂々と 草むらの中で 人を見下ろす
最後の2つは
「海行かば水漬(みず)く屍 山行かば草生(む)す屍 大君の辺にこそ死なめ かえりみはせじ」
という軍歌なのだが、元は家持の長歌の一部を引っ張ってきたものだ。長興寺という大きなお寺の入り口に堂々と立っている。今は草むらの中だが、その頃はピカピカに磨かれていたのだろう。場所が良いだけにすごく目立つ。
海行かば.jpg
 同じ寺の下のぐるっと回ったところの木の下に堅香子の碑が立っている。これももちろん家持のゆうめいな歌で私の好きなもののひとつである。
・もののふの 八十乙女らが 汲みまごう 寺井の上の 堅香子の花
もののふは八十の枕詞 、 堅香子はカタクリのこと
歌意は「沢山の娘らが水を汲んでいる、その寺の井戸のほとりには可憐なカタクリの花が咲いている」
堅香子の花.jpg

高岡万葉セミナーへ行って来た [日記 一日一首]

2013年9月8日(日)
 昨日今日と高岡万葉セミナー(今年は「歌の道」をテーマにしていた)へ行って来た。刺激になった。
 一度行こうと思っていたのだが、昨日は時間が有ったので歌碑をいくつか見てきた。何しろ百数十碑あるらしく、生きている間に全部回れるか疑問にもっている。
 高岡というのは大伴家持が国守として赴任していた所なのと、そこで詠った歌が万葉集の中の最多出展だとのことで非常に家持に関すること行事が多い。
 そういう意味で前もって勉強したつもりだったのだが、ほとんど分からなかった。私だけかと思うと隣の氷見(高岡の隣の市)の人も「難し過ぎて分からん」と言ってたのでホッとした。また、今日の受講者のほとんどが歌を作ってらっしゃるものだと思っていたらが、逆にほとんどの人は教養として、常識として万葉集を学んでいるらしい。

*家持の 跡をたどろうと セミナーへ 難しすぎて さっぱりわからず
*高岡に 家持ファンが 沢山居 みんなが詠う わけではないらし

近況報告 [日記 一日一首]

2013年9月6日(金)
 先にも書いたが、いつの間にやら9月だと思っていたら、もう6日である。私だけが早いのか、誰もがこの年になると早くなるのか。。。というのがまず第一の近況報告である。
 2週間ほど前にスイカ、ゴーヤの蔓を片付けた。先月は何かと忙しい日々であった。只、キスがつれないという一件が私には大ニュースだった。ところでこの「キス」云々へのアクセスが多いのに驚いたがどうも「KISS]と勘違いしたのではないかと思う。今は歌と太極拳、パソコン囲碁が主な日常の過ごし方か。短歌に関してはもっと早くにやっておればよかったなあ、というのが実感だが、もう遅い、明日から富山の万葉歴史館でセミナーがあるが、その下調べというか大伴家持を一生懸命いろいろ読んでいる。しかし、これも読んだ後から忘れてしまうので、イライラしてしまう。ここら辺が「もっと早く」の所以である。さっき読んだことが次の瞬間には忘れているのだ。痴呆症ではないかと思うほどだ。最近はEXCELを使うことが殆ど無くなったのとともにその操作法を忘れてしまったのは「がっくりきた」、これまではブラインドタッチでできたのに、今は見ても分からない、特に「7」になると・・・とほほっ
*覚えるより 忘れる方が 早くなり 2つ覚えて 3つ忘れる
*焦っても 仕方がないと 想いながら 早くしないと 早くしないと
*もう遅い 70の手習い 何になる 歌も書道も 太極拳も

そうそう恥をもう一つ
 今日パソコン囲碁の持ち点の計算の方程式を解こうとしたがナカナカ解けない。一次方程式なのだが電卓やら筆算でああでもないこうでもないと2時間ほどでやっと完了。昔なら暗算でも解けたのにというのは年寄りの何かか??
この方程式というのはで2点を通る式を求めるもので Y=AX+B に2点の座標をいれてAとBを求めるものだ。
*数学と いうよりむしろ 算数だ これが解けずに 四苦八苦する  


第968冊 大伴家持(廣澤虔一郎) [読書感想 一日一首]

2013年9月6日(金)
 いつの間にか9月6日である・・・ホントウニ・・・・
 大伴家持の跡をたどろうと調べているが全く役に立たなかった。そもそもたどろうとするのは何とか歌が上手になりたいという一心からであるのだが、途中で読むのをやめた。でも、当時越中へ下るというのがいかに大変か、また官僚の締め付け、役割(当時大仏殿を建立するというので金集めとか田地の開拓が託されていた)がいかに大変かがよく分かった。家持も慣れない現地の人たちとの交流も大変だったろうと思う。特に言葉も大変だったろう。彼を慰めてくれたのは歌ではなかったろうか。大伴の池主という先輩がいて(彼は階級的にはかなり下だった)、共に語りともに歌のやり取りをしている。また何よりも奥さんを連れてきてないというのが寂しさもに常盤だったろう。現地の女性を何するというのは御法度だったらしく、真面目に(?)妻が来るのを待っていたらしい。
 著者は歌人ではなく、歴史家(?)なのか、この内容も何かに連載していたのを途中から冊子にまとめたとのこと。「あとがき」にあるが「大伴家持」という題名を掲げたにもかかわらず、実質的には私の力量不足かのために、家持の生きた時代そのものについて書く結果になってしまった」とあるがその通りだと思う。
 実はこの本を借りたとき『言霊』(篠崎紘一)というのも借りてきたが、ちょっと見た感じでは小説で、大伴池主のことが出場人物のリストに載ってなかったので全く読むのをやめた。あした(土曜日)と明後日高岡で万葉のセミナーが」あるので急きょ申し込んだ、楽しみである。なにしろ高岡、氷見付近では100以上もの歌の石碑が立っているのである。
*家持や 池主のように なりたくて 申し込んだが どうることやら

第967冊 お神酒徳利(山本一力) [読書感想 一日一首]

2013年9月3日(水)
 ようやく暑かった夏も終わりましたね。ところが台風、竜巻どうなってるんでしょかね。
 万葉集を読んでいたら、その権力闘争に嫌気がさし何かこの気を慰める本はないだろうかと探すと目の前にこの本が見つかった。以前にも書いたがこの著者の本は友人がこれしか読まないというのがいて、著者の本は全部持っているというのが居る。この本は彼から借りたものではなく、リサイクル文庫に入る直前で抑えたものだ。
 江戸物しか書かない著者だが、たしか土佐の生まれだったと記憶するが、よくぞこうも良く調べたなあと感心する。かといって江戸のどこをどう歩いているのかなんていうことを調べようなんて気はさらさらない。ちょうど今「越後万葉百歌」というのを読んでいるが、これはどこを詠っているのか、石碑はどこにあるのかなどを事細かに調べている。それはともかく、この本の内容とは関係があるようでないが、最後の解説で末国氏が書いていることが気になった。彼は著者は「バブル崩壊後の不況を乗り切るため、日本は弱肉強食のアメリカ型の市場原理主義を導入した。その結果、景気が上向いたことは確かだが、一般庶民には好景気が実感できない格差社会を作りしてしまった。・・・・大量の非正規社員を雇ってコスト削減をする大企業や、バブル崩壊の痛手を忘れたのように投機に走る庶民を生み出した。・・・」という私は技術屋だから、市場原理主義だの非正規社員、投機云々ということには疎い、これからももう勉強しようとは思わない。しかし勉強にはなった。
 話は著者の作品だから、「おしてしるべし」何も残らない3文小説である。
*世の中を 少しは知ってた つもりだが この解説には 頭が下がる

何時の間にか九月 [日記 一日一首]

二〇一三年九月一日(日)
 暑い暑いと言っていた夏もようやく終わり秋の気配がしてきた。朝夕はめっきり寒くなってきた。私もスイカの蔓を片付けたり、ゴーヤの蔓を片付けると秋だなあと思う。とこrで今も性懲りもなく万葉集の本、すなわちに大伴家持を読んでいる。というのは近々隣の富山県の家持が五年間住んでいたとk路へ行こうと思っているものだからその下調べンつもりなのだが。例によって例の如く万葉の解説というより政変の解説である。長尾王がどうしたの、橘奈良麻呂がこうしたの、藤原宏嗣がああしたの誰の奥さんが誰でそのひとが後妻に名宛誰を生んだだのおよそ大伴家持とは関係のないことを縷々述べている。私にすれば肝心の短歌については、越中にいたときの歌などほとんど紹介されていない。
*家持の 本というけど ほとんどは 政変、政略 その歴史本
*何故こうも 変だの乱だの あるのだろう みっともないぞ 日本の上部
*エジプトは 現在もなお 打ち続く 争いの中で 右往左往す
*コオロギや 虫の音とともに 秋はきぬ あんな暑さは もう来ないだろう
*暑かったね の答えはだれも 皆同じ 暑かったねと おうむ返しに
*猛烈な 雨風吹き付け 狂ったか 電車も 駅も吹っ飛びそうに