So-net無料ブログ作成
検索選択

ジャガイモを植えた [日記 一日一首]

2013年3月25日(月)
*嫁に往きし 娘のことを おもいつつ 春の陽の下 ジャガイモを植ゆ
*一つづつ 大きくなれよと 声をかけ 気をまぎらしつつ ジャガイモを植ゆ

 

第940冊 人生百年私の工夫(日野原重明) [読後感と一首]

2013年3月24日(日)
 昨日だったかちょっと言及したが、97歳の翁から借りてきたものだ。
 一杯名言、至言がある、これだけを集めても一冊の本になるほどだ。各章のタイトルだけでも今言った名言集になるかも。
第1章 長く、豊かな『人生の午後の時間」が始まる。
 *常に、上り坂を上っている気持ちで
 *自分で自分を育てて行く季節
 *六十歳は老年期ではない。老年への準備が始まる「中年期にあたる
 *人生の「折り返し点」を考える
第2章 年とともに、自分の人生を自由にデザインできる人
 *老いは、生き方の選択が自由になるチャンス
 *老いを充実して生きるには、「子離れ」がだいじ
 *”戦艦”の乗組員から”ボート”の船長になる
 *残り30年の毎日を充実させるための「人生の羅針盤」
 *「いつかはああなりたい」と憧れる”生きた教科書=モデル”を探そう
 *サークルやボランティア、クラス会には積極的に参加する
 *”モデル”になりそうな人を見つけたら、積極的に声をかけてみる
 *私の”モデル”オスラー博士との出会い、そして私が実践したこと
 *目標にする人は作家でも、歴史上の人物でも構わない
第3章 生きるということはアートである
・・・
・・・
等々である。
 ともかくタイトルばかりでなく内容も「なるほど、なるほど」と思うものばかりである。一つ一つ上げればきりがないほどで、一冊全部載せるしかない。ともかく私が驚いているのは、この種の本の内容というのはかなり似たようなことがたびたび出てくるという印象があるが、それがない。氏は60歳を境に老年と中年というのか、折り返し点として、60歳以降の人を対象に書いているようだが、70歳近い私としては自分のこととしてとらえた。印象的だったのは、初めは趣味を増やせ、趣味を持てと言ってたように思うのだが、後半になると仕事が大切だ、何でもいいから仕事を持て、と言っている。私はいささかこれには反対したいのだが、それも今私が何もやってないからかもしれない、逆に氏が未だに現役として矍鑠として医師の仕事をしているからそういうのかもしれない。スエーデンでは誰もが65歳を過ぎたら悠々自適の生活を送るという。私はそれが憧れである。またそうでなくては働きすぎの日本人と言われる。確かに金のために仕事をするというのではないかもしれないが、ボランティアだろうとパートであろうと仕事は仕事である。実はこれを読んで「じゃあ、あの注文の来なかったソフトを開発してお客さんに喜んでもらおうか」とも思い、先輩に相談したのだが「それはいいことだ」と言ってくれたので力を得た気持ちだったが、今は(まだ3日ほどしか経ってないが)・・・・・・である。
 それはともかく、著者の人脈の太さには驚く。各章、各節に出てくる人は皆違っている。
 最後にこの本の帯に出ている至言を書く。
*クヨクヨしたときは、とにかく歩く
*その週にためた疲れは、その週のうちにとる
*静かな自然の中より、ストレスの多い都会に住む
*子供に見返りを求めず、生きがいを探す
*20年後ああなりたいと憧れるモデルを探す 

娘の結婚式だった [日記 一日一首]

2013年3月24日(日)
 今日は娘(次女)の結婚式福井まで行ってきた。天気は良し、間もなく桜も開こうという時期だったが、間もなく開こうという二人には絶好のよき日だった。先方はお父さんお母さんの他、弟妹(これもきょうだいと読むのか)、叔母さん夫婦、叔父さん(伯父さん?)夫婦だった。こちらは我々二人と娘の兄姉(姉は急にインフルエンザにかかり欠席)、それに叔母夫婦だった。
 ところで、今日はぜひ見たかったのが、第60回NHK囲碁トーナメントの決勝だった。だが・・・・
期待の6冠王井山は結城聡に負けてしまった。将棋は私が応援している渡辺明が優勝したのに。
そこで一首:
 *おめでとう 今日からお前は 奥さんだ わがまま言わず 旦那に従え



憲法を本当に改悪しようと思ってるのか [日記 一日一首]

2013年3月23日(土)
 今日もいい天気だった。暑さ寒さも彼岸までと言いますが、風は冷たかった。チラホラと桜の便りも聞こえてきますね。今年はやたらと早い桜のようです、家の庭には新たに土佐水木(?)、馬酔木、それに雑草が我先にとはびこって来ました。
 さて、安倍さんは何を考えているのか、今はTTPで頭が一杯でしょうが。でも気になるのは憲法改悪ですね、何を考えているのか、日本が世界に誇る憲法なのに。相手が攻めてきても、「日本は無防備ですから」「日本には軍隊はないのです」と言って世界平和に邁進するという気にはならないのですかね。チボウー家のジャックはそんな考えでした。もう一回載せます。

*じじ安保 孫は改憲 第九条 死の商人の 露払いとなる

人生の鏡、近吉さんに感謝 [日記 一日一首]

2013年3月21日(木)
 つい最近こんな歌を作った。
* 記憶力 体力知力 聴力視力 みんなが落ちて あとは生命力
と情けないことを言っていた。

 ところが昨日、太極拳で一緒になった97歳の老人:近吉さん(いや「97歳の方」と言ったほうが良い)の家へ寄ってきた。まだ矍鑠として、今まで俳句を何十年とやってきたが去年から短歌をやりだしたという、その他太極拳はもちろん詩吟もやってらっしゃる。そしてその方から日野原義重さんの「人生百年私の工夫」という本を借りてきた。いずれ詳しいことは紹介できると思うが、この本の中に「20年先30年先の人生のモデルを見つけることが大切」とあった。私はまさにこの近吉さんをモデルにしようと思った。氏は10年前まで鉄工所を一人でやってこられ、7,8年前に奥さんを亡くされた。今は全くの一人暮らし、隣に息子夫婦が住んでいるが、食事、洗濯など自活しておられる。家は綺麗に片付いて、「男やもめに云々」などは全く見られない。まさに私の人生の鏡である。

第939冊 無名者の歌(近藤芳美) [読書感想 一日一首]

2013年3月19日(火)
 以前にも書いたかもしれないが、反戦歌人の近藤氏が朝日歌壇の選者として、応募者から当選(と言っても近藤氏がえらんだもの)したものをいろいろ選んで載せたものである。時は終戦から10年から20年の間で最後近くでベトナム戦争が載っている。氏は反戦というか生活に密着した政治をモチーフとした歌を選ぶという特性を持った方で私が学生時代の選び方も一人際立っていたように思う。もっともそれほどその頃は短歌に興味があったわけではないが・・・・・
 そこで、「無名者の歌」だが、当然素人の歌ばかりだが、時が時だけにまだまだ戦争の痛手から抜けきってない時だった。戦争未亡人やら、親や子を亡くしたひと、傷痍軍人、戦争で仕事を亡くした人やら、炭鉱で働く人たちその他いろいろな生きる苦労を詠ったものばかりである。その根にあるのは反戦であり、政治である。誰も直接政治が悪いとか何のための戦争だったのかなどということは言ってない、しかしその背後にあるものは戦争を引き起こした人への怨みであり怒りである。極端に言えば「なぜ、あなた方は私たちの幸せな生活を奪ったのですか? 政治というのはより良い生活、幸せな家庭を持つことを究極の目的としてるんではないですか? それを、それを・・・・」という気持ちをくみ取って選んだものばかりである。したがって、歌は全体に暗い、詠むのがつらくなるほどである。たとえば:
①子と夫(つま)を住みいる幸を守らしめ給え月に近づくロケットのニュースを聞く
②果てし地も日もわかぬ夫(つま)を合祀(ごうし)すと通知来たりぬ墨あざやかに

 今年に入って「チボー家の人々」という本を読んだが主人公ジャックは反戦の士であり、作者もそれを願ったのではないかと思う。彼の思想は無意味な戦争、戦争のための戦争、資本家のための戦争絶対反対!!というものだが、当然戦争を煽るものがいるわけだ、そういう人たちとたもとを分かち見事に死んでゆく。そんな折にこの本に出会った。しかも阿部が改憲だ9条だなんて言ってるものだから、穏やかでない。
 でも、平和ボケした今の若い衆には戦争なんて何がなんでもやってはダメだと言いたい。
そこで駄作を一首:
*暗き歌 恨み多き歌 つらい歌 反戦の歌 「無名者の歌」
*じじ安保 孫は改憲 第九条 死の商人の 道を拓けり


凄くいい天気だった [日記 一日一首]

2013年3月17日(日)
 凄くいい天気だった。午前中は将棋を見よう思ってみていたら、渡辺竜王が羽生に勝った、それが決勝だとは知らなかった、要するに優勝だった。私は将棋は渡辺、囲碁は井山のファンであり、思わず手をたたいた。しかもそれが圧勝で羽生さんもあんな負け方をするんだと思うほどだった。
*じじ安保 孫は改憲 第9条 死の商人へ 道を拓けり

 昼から、ポスティングに行こうかと思っていたが、お昼家内が仕事でいなかったので何かを食べようと思い、冷蔵庫を探していたら、きのう私が買ってきたイワシがあるではないか、早速レンジで焼いて食べていたら何か物足りない、なんだろうと思って考えたら「そうだ! 酒科かビールだ!」と思い、冷酒をコップ半分これが美味かった。一杯飲むと寝るのが私の習性で囲碁の時間は全部寝ていた。ポスティングどころではなかった。
 と、庭に出てみると春だ春だと花が咲いているではないか、まずオキナ草、マンサクヒマラヤユキノシタ、スイセン、それに何よりもうれしかったのはオオイヌノフグリである。オオイヌノフグリはもっと前から咲いてたのだろうが、気が付かなかった。始めの二つを載せよう。他に駄作を一首

*オキナ草 マンサク、スイセン ユキノシタ 青空の下 一斉に声上ぐ
<<オキナ草>>
おきな草.jpg
<<マンサク>>
マンサク.jpg



第939冊 ローマ帝国 繁栄(ポンペイの落書き) [読書感想]

2013年3月16日(土)
 これも第937冊の続きである。先にも書いたが3部作で誕生・繁栄・終焉でできている。これはそのちょうど真ん中でほとんどがポンペイ遺跡のことでなっている。私がこんな都市があるということを知ったのは小学5,6年のころだったと思う。すごい衝撃を受けた。それからの憧れの遺跡の一つである。当時は死んだ人のあとに石膏を流し込んでイガタを取ったというがその実物を見たかった。今はそれよりも壁画とかモザイク画を見たい。しかしこの壁画やモザイクも多くがナポリの美術館か博物館へ持ち去られた(ちょっと語弊があるが)というので、そこまで行かなきゃならない。
 ローマと言えば、パウロの最後の地である。どこでどんな生活を送り、キリスト教の立役者の最後を見たいと思うが・・・・


第938冊 野茂秀雄 [読書感想]

2013年3月16日(土)午前2時
 昨日くらいに読みあがっていたのだが、確定申告のためちょっと遅れた。
 もちろん誰もが知っている野茂の話だが、私はだれよりも野茂を尊敬というか信頼というのか「好き」だ、近鉄のファンではないが朴訥とした話し方、余計なことを言わない、いや聞きたいことも言わない彼へのインタビューが好きだった。いま誰よりもと書いたが、新庄などは論外として(彼には彼の良さはあるが)、イトロー、松井と比べてと言ったほうが良いかもしれない。イチローも余計なことはほとんどしゃべらないし、彼の実績は野茂以上だ、ともかく200本安打を』続けていたころはテレビを見ていると必ず一本は打ってくれた。おっと、イチローじゃないんだ。
 なんといってもパイオニアとして日米の橋渡しをした実績は揺るがないし、もちろんこれからも誰も出来ないことだ。しかも、2回のノーヒットノーラン(どうやらアメリカ人はノーヒッターというらしい)。それとあのトルネード投法というのが面白い。なにより感心したのは30歳後半になりスピードが落ち球が曲がらなくなってきたとき当然戦力外通告を受けるがアメリカやベネズエラを13球団も渡り歩き「野球をやりたい」「ボールを投げたい」という気持ち維持したことだ。金に困っているわkではない、もちろん名誉を意識しているわけではない、もし名誉なんて言うことが頭にあればとっくに辞めていた。松井が良い例である。
 3年ほど前にテレビでそれからの野茂を放映していた。大阪あたりでアマチュア球団の世話をしていた。それにも心を打たれた。
 私は殿堂入りがどうしたの200勝がこうしたとか、MVPと取ったの取らなかったなんていうことはあまり興味がない。それよりそれまでの常識を破って、それまでの実績というか地位を捨てて新しい世界へ顔を出すというその勇気を尊敬したのだ。学問の世界にもそんな人がいるのかもしれないがあまり聞かない。囲碁の世界では韓国中国がいま世界をリードしているが日本の碁打ちが韓国や中国』へ渡ったということは聞いたことがない、逆にこれらの国から日本へきている人はたくさんいる。
 こうしてみると、サッカー、相撲などでも面白いことが起きている。

確定申告がやっと終わった [日記 一日一首]

2013年3月16日午前1時半
 昨日やっと確定申告が終わった。仕事をしてないから売り上げは激減来年はたぶんゼロだろう。おかげさまで源泉徴収の税金7万何がしがすべて戻ってくる、という喜ぶべきか悲しむべきか、複雑な気持ちである。
 ところでもう一昨日(3月14日)、隣の町の歌会というか短歌の会へ行ってきた。件の96歳の爺さんの紹介だった。まあ田舎の歌会だから、あんなものだろう。兎も角自分も含めて老人が多い、というより老人((特に婦人:ばあさん)だけの集まりである。太極拳も18人中16人までがおばさん(ばあさんではない)である。一方、最近は足を洗ったが会というのは婆と爺を入れ替えた状況である。まあ、男女というか爺婆の数が拮抗しているのは病院、老人施設くらいか。3月31日からイタリアへ行くがその構成がどうなっているかちょっとした楽しみである。いずれ報告を。
 そんなこんなで歌を忘れたカナリアならぬカラスになってしまった。当初今日は日記だけにしようと思っていたのだが・・・例によって駄作を一首
*ウイークデーの 日中にやる サークルは 種類によりて さまざまな人寄る