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再びチラシ配り [日記 一日一首]

2013年1月31日(木)
 風邪が少しよくなったのと、素晴らしい天気だったので再びポスティングに出かけた。寒かったが風邪がぶり返すことはなかった。3時間ほど歩いたが、配ったのは300枚ほど(1時間に100枚ーー>1枚当たり36秒:ちょっと能率が悪いなあと思う)腰が痛くなってしまった。住宅地図コピーして一軒一軒チェックしないと金沢の街は道が曲がっていたり袋小路になっていたりしてどこを回ったか間違えてしまう。これも年の所為か、いずれにしても年を取るというのはいろんな意味で弱ってるんだなあと実感した。

* 腰痛や 風邪をひいたりの ポスッティング 年齢の所為だと 認めざるをえず

 帰ってみると息子から「オトンの回ったらしいところから受注があったぞ」とのこと・・・
* 受注あり ポスティングの結果と 息子より 喜びの声 吾も涙す


やっと少し良くなりました [日記 一日一首]

2013年1月30日(水)
やっと風邪はよくなったようです。太極拳へも行ってきました。ほぼ一週間夜昼逆転の生活でなかなか治らなかった。歌を詠う気にもなれず、無気力な一週間だった。もっとも、チボー家の人びとは読んでいたし、数独もようやく一冊上がった(ほぼ一年前に買ったもので超難解が残っていた。

*すこしくらい 風邪を引いたと 何もせぬず 無気力な吾に あらためて喝

第928冊 チボー家の人々(マルタン・ディユ・ガール)NO1 [読書感想]

2013年1月26日(土)
 二段組み400ページの本が五冊だから長い小説である。この年になると一巻に何が書いてあり二巻ではとなるとさっぱりわからなくなってしまう。そこでまだ記憶が定かなところで中締めをするのも良いのではないかと思いNO1として1,2巻までの中間報告とする。
 この本は最初通っていた教会の牧師が貰ってくれないかと言って持ってきたもので、ほかにも五〇冊ほどある。外国文学がほとんどだが、中に高橋和己の本がかなりある、全部単行本ということは一冊づつ買ったものだろう。
 ところで、この本だが新潮社の昭和三五年発行のもので山内義雄という方の訳したものだが、決して上手い訳だとは思わない。たぶん今は違う人のものが出ているだろうが我慢して読もうと思っている、わざと違う人の訳を見るのも面白いかと思うが・・・何がうまくないかとというと、たとえば童貞セリーヌという看護士がでてくる、てっきり男性だと思っていたら女性だった。このほかにも敬語の使い方とか、言い回しがきわめてへたくそなのだ、亀山郁夫氏のそれとは大違いである。
 知ってる人は知ってると思うが、第二巻というのはちょうど父親が死にかけているところで終っている、死んでからこれを書こうかと思ったのだが、まだ百頁もあるので止めた。これはこの作者の作戦なのだろうが、唐突に状況が変わる。ところが後で種明かしが出てくる。たとえば典型的なのがジャックが二回目の家出をしたときのことだが、後で詳しくその状況が説明されている。あれっ!と思う。何も時系列に並べよとは言わないが、何か説明なり何かがあっても良いのでは。また、ラシーヌという女性がでてきてアントワーヌと熱烈な恋に陥る、これがまたきわめて唐突に分かれるのである。アントワーヌにしこりが残るのかと思ったが、今のところ全くない、それとこの恋愛自体がいつ起きたのか、ジャックが二回目の家出をした時と同じころのようなことを書いてあったようにも思うのだが・・・・
 この作者は医学に造詣が深いと見えたので、インタネットで調べたがそういう学校は出てないようだ。病名、容態、薬なんていうのは自分なり秘書が調べればわかることだが。それにしても、父親がガンで亡くなるのだが、その時の凄まじい痛がりようは読むのも気が引けるほどである。また、1920年に最初の巻で出、 終わったのが1939年というから19年掛かってやっと完成したもので、日本語訳ができたのが1960年で、その初版が私の手元にある分かりにくい本である。大正末期から昭和初めのころが舞台なので交通機関、汽車とか自動車、電話等などは普通に走っていたようだ、1,2巻の舞台がパリだからあろう、タクシーなどがずいぶん出てくる。しかし、電話もそれほど普及してないので電報というインフォメーション手段が使われている。

まだ風邪がしっくりしない [日記 一日一首]

2013年1月24日(木)
 まだ風邪は治らない。一日寝ていたのだがパブロンではだめなのか、もし明日まで続くなら医者へ行くしかない。昨日は太極拳も休みほぼいちんち寝てたのだが・・・
 そうした中寝ながら3,4のことを順繰りにしている。①チボーケの人々を読む ②数独の超難解編をやる ③短歌にかんする本を読む ④たまに起きてパソコンを開きをみたり、やったりだ
最近は根気が亡くなったので一つのことを長くやってられない。困ったものだ。

*久々に 風邪を見舞われ 寝てばかり 太極拳も ついに休んじゃった

いつもの駄句ですみません、もう少しするときっとうまくなると信じて頑張っています。添削お願いします。

第928冊 近藤芳美 [読書感想]

2013年1月22日(水)
 実は昨日ほぼ同じものを入力しさて、送ろうとしたときボタンを押し違えたとみえ、全部アッという間に消えてしまった。ショックだった、以前にも同じことがあったのだがこんなに長いのはなかった。
 「現代の短歌」とか「近代の短歌」などをみていたら、近藤芳美のことが出ていた。図書館で探したがなかったのでインタネットで検索したら「近藤芳美著『新しき短歌のの規定』よりNO1」というのが出てきた。NO2はまだ見てないが面白かった。かなり長いものだが印刷したら60ページにもなるものだ。
 最初に癩病患者の歌が載っていた、この人たちの苦しい生活の中に生きがいをみいだす、宗教に、連れ合いとの愛に生きがいを見つける、そういう純粋な生活の歌である。これは1951年(昭和26年)である。他は1946~1947年だから終戦後2,3年のもので、日本中が生活苦で右往左往していた時代で歌壇でも俳壇でも激動の時であった、そういう意味では若干値引きして読む必要はあると思う。ちょうど俳壇では桑原武夫の「第2芸術論」で大騒ぎしていた、歌壇では幸いそういうことはなかった。
 短い評論というか論文を集めたもので、若干内容は異なり、一つのテーマを深く追求したものではない。中で面白かったのは「短歌の作り方に就いて」、「歌の分からなさ・・・局外批評に答えて」と「人民短歌」だった。
「短歌の作り方に就いて」
(一)で近藤氏は「入門書」などというのは吐き気がするほど嫌悪感を覚えるほどいやだったという。『少なくとも僕らの考えている短歌は短歌入門などによって簡単に入門し得る短歌を嫌悪する。・・・「小説の作り方」を読んで名を成した大作家が居る事を聞いたことがない。」と書いている。
ところが
(三)では「生活を歌え」「自分自身の生活から歌え」「それを自分自身の声で歌え」言っている。
更に
(四)では「吾々の生活には、一見平坦に流れ去る如くにして、実の常に屈曲があるものだ・・・四囲の自然、人生人事、心の中に生じ消えてゆく思惟の中にも凝視すれば屈曲を持つ一瞬がある。この一点を機敏に捉えて短歌の素材にしてゆく。これが短歌の技術なのだ。
(六)では具体的に長塚節の『芋がらを壁に吊るせば秋の日のかげり又さしこまやかにさす」という』を引き、「この抒情もその生活の裏付け故にしみじみと吾々にしみ透ってくるのだ、彼が日常なじんだ生活の世界であるがゆえに、この美しさを捉え得たのだ。吾々ハイキングか何かで見る農村のスケッチでは、この深さに到り得るものではない。此所に吾々の作家態度への教えがある・吾々の気持ちに一点の趣味性、遊びがあるかぎり本当の歌は出来ないのではなかろうか。」

 完全な短歌入門であるがためになった。

「歌の分からなさ・・・局外批評に答えて」で
 「この頃の短歌が解らない、難解で一読意味が取れないという批評、さらに意味は取れてもそれが何を訴えようとっしているのか、作者の感動が解らない」ということに対して。:
 「そういうことを言う人を責めたい」として「こういう人たちの短歌の理解と作者との間にあるズレである。彼らは一種のリリシズム(抒情性)を短歌に予想してかかっている。・・・・そのリリシズムは中世短歌の類型的郷愁であり、月並み抒情であることを考え逃して居る。歌人がいつまでもそんなものに拘わっている居ないのは当然である。
 もう一つは「短歌は俳句と同様暗示の文学である。・・・何を暗示しているかを理解する気持ちがないなら歌は不可解であろう。

『「人民短歌」について』
 「人民短歌」とは、戦後うまれた歌の世界でのグループで左翼的な傾向をもつものであった。確かにその例を見てもうまいとは思えない。「なるほどここが違うのか」という反省に役立った。

ちょっと風邪をひいたみたい [日記 一日一首]

2013年』1月21日(月)
 実は今は23日午前1時
 20日午前中息子の仕事のポスティングをやってきたがちょっと寒かったのかちょっと風邪気味である。前の日から首の回りがちょっと痛かったのだが、まだ痛い。自慢ではないが、学生時代から冷水摩擦をやりだしてから風邪なんて全く縁がなかったのだが・・・さすがに資金は冷水摩擦なんてできないから、風呂からあがるとき水のシャワーを浴びて上がることにしている。それでもかなり効果はあるようでここの所何年来風邪らしい風邪をひったことがない。今回のこの風邪らしい症状もそんなに重いものではないらしい。

* 久々の 晴天の下 犀川の ほとりを歩く 人みな背を丸め

 

大鵬逝く [日記 一日一首]

2013年1月20日(日)
 大横綱大鵬さんが亡くなった。私と4ッつ違いだったとは・・・私なんかとは10も20も違うような気持ちだった。巨人・大鵬・卵焼きと言われたが私は永久にアンチ巨人だが永久に親大鵬だ。

*大鵬の 訃報に接し 涙ぐむ 私もいづれ 近いうちにか
*あの方が 72歳だとは 知らなかった 私よりたった 4っつ違いとは
*巨人・大鵬 卵焼き されど私は アンチ巨人 親大鵬

思いつくまま並べてみました。失礼!!


もう一言現代短歌について [日記 一日一首]

2013年1月19日(土)
 昨日の日記に更に加えると、実は単に読むだけでなく拾い出してノートに書き出している。パソコンでやろうかと思ったのだが、変換だとか文字にとらわれて肝心の歌の内容がお留守になるので手書きにした。 更に気がついたのだが篠さんの「現代の短歌」は戦後の歌を集めたものだから与謝野晶子だの若山牧水などが入っているわけがない。更にわかったことだがもう一冊の「近代短歌の鑑賞77(小高賢}」を見ると、この短歌の世界にも流派というか派閥みたいなものがあり、この本では近藤芳美などは全く出てこない。わたしはこんなことを研究する為に読んでいるわけではないのでそれ以上深入りしたくはないが、ある意味では極めて閉鎖的な世界だということを知った。多分、各新聞社とかNHK雑誌等の選者によってかなり傾向が出ているのではないかと思うのである。
 そうした中、篠本の中で近藤芳美のことが出ていた、少し読んだだけだが感動した。インタネットに氏に関するかなり長いものが載っていたので早速ダウンロードして印刷して読もうと思っている。いずれ紹介できるだろう。氏が朝日新聞の選者を務めていたことは知っていたが、経歴だとか作風だとかは全く知らなかった、只終戦記念日近くになると戦争の思い出だとか批判に関するものを選んでおられたのを記憶する。

* 派閥だの 先生だのとうるさくて 短歌の世界も 政争の界

第927冊ー1 日本の名短歌100選 [読書感想 一日一首]

2013年1月18日(金)
 ようやくCDのコピーができた。それを聞きつつ、その歌をパソコン入力した、6割ほど終わったか。実は昨日だったか一昨日だったか借りてきたものの中に、「近代短歌の鑑賞(小高賢著)」、「現代の短歌(篠弘著)」というのがあった。ところが今になって気づいたのだが、これらに載っている歌がてんでんばらばらで極端に言うと全部違うといっていいほどなのだ。わたしは若山牧水の歌が好きなのだが篠さんの本には全く載ってない、それどころか名前さえ載ってないのだ。「あれっつ」と思ったのだが、ある意味では当然なのかもしれない、皆の意見というか見方を統一する必要はことさらにないが、我々素人は誰の本を読めばいいのかわからなくなってしまう。確かに朝日歌壇で複数の人が選んだものに印がつくが100あるうちに2つか3っつである。それほど意見が分かれるということだ。
 それと今ひとつ思うのは、件のCDは檀ふみさんが朗読(?)しているのだが、その雰囲気が暗いのだ。例えば俵万智さんの『「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日』だが、これくらいはもっと明るく歌って欲しいものだ。まるで挽歌を歌っているようだ。キリスト教の賛美歌はもっと明るい。
*なぜにこうも しんみりと歌うの 檀さんよ みんな同じで 暗いではないか

第926冊 与謝野晶子の歌について [読書感想 一日一首]

2013年1月17日(木)
 与謝野晶子の歌について調べていたら「あれっ!!?」と思った。それは,

*乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅ぞ濃き

という、有名な歌だが、新婚(初夜かどうか?)の時の歌らしいが。「そとけりぬ」というのが解らない、何かに男性のペニスがどうしたこうしたとあったが・・・最後のここなる花というのはどこのことなのか? 私はひょっとしたら女性のシンボルと取れないだろうかと思ったが、そんなことを書いた解説書はどこにもなかった。インタネットの中にもさすがになかった。しかし、この時の私の気持ちは濃い紅ですよ、なんて優等生みたいなことを言うだろうか。
 それにしても大胆な乙女である。

たまたま私は今「チボー家の人々」を読んでいるが、その2巻に素っ裸の女性が男性に、「ほら私の乳房、ピンクでしょう・・・」というところが出てきた。今の日本の風潮からするとポルノの一画面かと思われるが純文学である。ひょっとしたら、与謝野晶子とほとんど同時代の小説だから、どちらかが・・・なんてバカなことを考えた。

* 短歌集 どれもこれも 似た歌だ おっと思うのは たまにしかない