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何という草ですか? [教えてください]

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庭の砂崩れ対策として海からとってきたのですが、図鑑で調べても名前がわかりません、教えてください。
 セキショウイ、ヤマスズメノヒエ、ハナビセキショウなど候補はあるのですがちょっと違うようです。
 特徴は葉も花も下からしか出てないということ。海の浜に生えていた。高さは花の場合大きいので30センチ、花(実)は通常はひとかたまりなのですが、上で3つに分かれるものもあります。
 茎は丸ではありませんが、何角とは言えません。
牧野だとか、他の植物図鑑を調べたのですが、生息(?)場所が山だとか湿地とかではっきり違います。
お分かりの方は教えてください。

第895冊 落日燃ゆ [読書感想]

2012年8月27日(城山三郎)
 終戦記念日近くに、戦争ものの放送がよくあるが、先日もこの本に関するものが放映されていた。広田弘毅がテーマだったのか、城山三郎がテーマだったのか忘れたが、ちょっと心を動かされた、何に心が動かされたのか今となってはわからない。ただ、何となく期待したものとは何かが違っていたように思う。その放送で中曽根康弘元首相が「政治家として素晴らしい人だ」と感心していた、わたしは「どこの何が?」ともう一度聞きたい。
 広田は家族に「俺が死んでもインタビューには応じるな」と言って亡くなったらしく、家族の生の声はなかなか聞かれなかったが、城山が初めて硬い口を割らせたとのこと。小説とは言え事実の裏付けが無いと話の信憑性が問われる。でもどういう事実を載せどういう事実を載せないかということは著者の胸一つである。確か木戸幸一の日記だったと思うが、広田に有利なことが抜けていたらしく死刑判決にも影響があったという。何故こんな広田が、死刑に?という思いは当然残った。詳しいことは分からないが、盧溝橋事件や南京大虐殺への対応がぬるかった、ということらしい。当時外務大臣だったが、城山の考えでは平和裏に解決しようという広田の態度が裁判官には悪い方(虐殺を示唆した)に取られたのではないか・・・(実はわたしは東京裁判のところはあまり詳しく読んでない) 終始、平和を望み穏便に解決しようというのが、消極的と取られ、しいて言えば黙っているのが黙認という取られ方をしたのだろうか。この小説では当時の石油不足とか、経済情勢という戦争に突き進まざるをえなかった(?)背景がまったく載ってないのは如何かと思う。
 これを読んでもつくづく思うが、陸軍の横暴、統帥権の乱用でズルズルとアメリとの戦争に巻き込まれる様子にはイライラすると同時に、「今後絶対こんなことがあってはならない」と思った。また、当然のことと思うが、戦争となると外務省が非常に大切になるということを教えられた。それは広田が大使や公使を歴任し外務大臣を3期も努め、その中で「外交の危機というものも、一回限りで考えるべきではなく、再三再四繰り返す内にい初めて相互の理解を得る」という述懐がこの人の人となりを表しているように思う。交渉しようと思っている最中に軍が次の攻撃を始めては交渉相手に信じられない、
 

第894冊 「華麗なる一族」山崎豊子 [読書感想]

2012年8月23日(木)
 300ページほどのものが3冊、やっと読みあがった。家にあったものだが気になっていた、どうも家内が勝ったものらしい。テレビで放映されたらしいが、彼女は読み終わらなかったという。
 第一印象は、良く調べたなあ!ということだった。鉄鋼炉のこと、銀行のこと、政界、官界はもちろん料理、着物(和装、洋装)、酒等いろいろの分野のことをよくもこんなにと思った。失礼な言い方だが、女の人がこれほど調べるというのは大変なことだったと思う。秘書は居るのだろうが、本人が調べたのと他人が調べたのではやはりニューアンスが違ってくる。尤も本気になって調べれば半年もあれば大丈夫か。歴史小説を書く場合もこれ以上の準備は要るかもしれない・・・
 内容は、考えてみると、2、3年くらいの間のことを之だけ長々と書いたものだ。この間劇的なことがいろいろ起きる。その華々しさを「華麗なる」と言ったのかもしれない。主人公は当主の万俵大介だが、私の予想ではこの主人公が華々しく散るのかと思っていたが、華々しく階段を登り切った。高須相子という変な女性とのスキャンダルが世の中にばれて足元をすくわれるのかと思っていたら、階段を上り詰めたら彼女を1000万の手切れ金で分かれた。昭和43年ンのころのこの金額は今では5千万はくだらないだろう。上流階級の家だから子息の結婚にはこれまた華々しいものがある。
 芸能界にはこれ以上の紆余曲折、波乱万丈の世界があるのかもしれないが、やはり我々庶民には、というより99%以上の人には縁のない話であり、うらやましくとも何ともない事である。同じ著者のもので「白い巨塔」というのも有名だが、之も読んでみようかと思う。

大きな疑問が [日記]

2012念8月7日(火)
正信偈で大きな疑問が涌いてきてしまった。「難中之難無過斯」->難の中の何、斯れに過擬たるは無し。という大きな一句である。そんなに難しいのに何故易行などというのだろう。「南無阿弥陀仏」ということを言うのは易い、しかし何が難しいというのか?? 信心を得ることが難しいというのか??それなら最初からそういうべきである・・・・
誰かこの疑問に答えてほしい・・・

能発一念喜愛心 [日記]

2012年8月6日
 なかなか昨日今日のノルマが達成できない。
能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃 凡聖逆謗斉回入 如衆水入回一味(ここまで昨日の分)
摂取心光定照護 己能雖破無明闇 貧内瞋憎之雲霧 常覆真実信心天 
譬如日光覆雲霧 雲霧之下明無闇 (ここまでが今日の分・・・と自分で決めた)
さあ、なでしこjapanまでには覚えなきゃ。

もっと言えば、ここが一番難しいところのように思う。
『「煩悩を断たずして涅槃を得る。」とか 「己(すでに)無明の闇を破るといえど、凡人聖人その他斉しく回心すれば、海の水のようにみんな一緒になってしまう。」』
 ここが浄土真宗の一番の聴きどころなのだろう・・・
 

正信偈の覚えこみを開始 [日記]

2012年8月6日(月)
 我々のところ(石川県能美市)では葬式や法事となると多くの人が本を見ずに正信偈を上げる。内容はかなり難しいものだがともかく棒読みにするのだから、意味も訳もあったものではない。なんでも、小学校の頃夏休みの課題として覚えさせられた人も多い。子供のころ覚えたものは70歳近くになっても覚えているものだ。
 そこで私もと思って5年ほど前に一度挑戦したのだが、20行ほど行くと前の方を忘れ、前の方を復習すると今度はさっき覚えた20行目付近を忘れだったが、一応最後まで行ったはずだが、今は全く忘れてしまった。弱ったものだ。
 そこで今回、歎異抄だとか、教行信証などを少し読んでいると、やはりこの正信偈を覚えた方が手っ取り早いと思い、やり始めたのだ。それが今月へ入ってからで今日で6日目。やっと30行目まで辛覚えた。何しろ120行もあるのでやっと4分の1が終わったわけだが、目標(納期)を今月一杯と思っている。今回はちょっと方針を変えて「意味を考えながら覚えよう]と思っている。
 帰命無量寿如来、南無不可思議光 法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所 覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪・・・・」という訳だが今は「・・・能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃 凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味」を覚えているが・・・・