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鰻が美味かった [日記]

2012年6月23日(土)
 朝から郡上八幡の鰻を食べさせてやるから来い、というので7時半に能美市を(石川県)出発。富山県高岡で高速を乗りついて、昼ごろ目的地へ。それから鰻屋へ行ったが行列、待つこと40分ようやくウナギ料理、と言っても焼きたての鰻に吸い物とご飯が付いただけのものだったが、おいしかった。ご飯はお替りできるので私は2杯、息子は3杯も食べた。「おうい!儂は何十辺も来ているがお前らみたいに2杯、3杯も食べるのを見たのは初めてだぞ」と嬉しそうに言う、嬉しかったのだろう。
 ところで郡上八幡というのは踊りで有名なところだが、落ち着いたいい街である。街中に長良川が流れ、今は緑がきれいだった。それより先「ひるがの」インターで休憩したが、ここがまたよかった。帰りは九頭竜ダム経由で福井から帰ったのだが途中の「和泉」という部落がまたよかった。

第890冊 エデンの園(アーネスト・ヘミングウエイ) [読書感想]

 多分娘の蔵書だったんだろう、家にあったので読んだが、350ページ近くあり時間がかかった。たしか同じヘミングウエイでも「陽はまた昇る」だとか「誰がために鐘が鳴る」なんかだともっとすいすい読めたように思うがこの小説は我々から見ると現実離れしていて、ガックンガックンときてなかなか進まなかった。あとがきというのか解説でもあまりよく分からなかった。でも、著者の遺稿も読んでみようかと思ったが、はっきりどうなるか分からない。
 そもそも、キャサリンという女性は一体何者なのか、すこし精神ががどうかしていたのか?
 劇中劇というのか小説中小説というのか、中に出てくる父親との象狩りの話が途中までさっぱりわからず、後半になんだこういうことだったのか、と気が付いたが遡ってみようという気にはならなかった。でも、その象狩りの方が面白かった。訳者のあとがきにもあるが、「ボランジュ」、「ティオ・ぺぺ」、「ヘイグ・ピンチ」、「シャンペリ」、「ランソン」等々カクテルというのか美酒、あるいはおいしい料理など数々出てくる、著者一流のものらしい。
 タイトルからして、もっと宗教的なものかと思っていたが見事裏切られた。

  

第889冊 風の旅(星野富弘) [読書感想]

これで3冊目である。図書館から借りてきたが、素晴らしかった。前にも書いたが氏の個展を見たことがあるのだがそれと違った印象を持った。この写真だが「はじめに」に載っている「チカラシバ」だと思うが、凄く細い線を一本一本描いているのが分かる。只、隙間があるのが実際のこの植物との違いかなと思うのだが。その下が「牧野新日本植物図鑑(昭和45年版)」のチカラシバである。「日本の野生植物(平凡社)」の中の写真も紹介しようと思ったが、ひょっとしたら違う「シバ」だったりしてはまずいのでやめた、でもその時は実物の写真を紹介しよう。
チカラシバ(星野).jpg
チカラシバ(牧野).JPG


次は中に出ている詩である。手が動かないので口に筆を咥えて書いたものである。凄いの一言である。精神一到何事かならざらん」である。この中に出てくる詩がまた素晴らしい。口で書いた文章.JPG

文章も上手い。例えば、
 『・・渡辺さんは会社の仕事が半日で終わる土曜日になると、定期便のように私の病室に来てくれる女性(ひと)で、それがもう2年間も続いていた。それまで私がどんな小さな絵でも、へたくそな絵でも、描けば必ず見せてくれといい、一本の線に至るまで、あきれる程長飯時間をかけて見つめては、「きれいだ、凄い」と心から感心したように、言う人だった。
 渡辺さんにその絵(シンビジュームの絵で、本当はその花を持ってきてくれた西尾さんという方に進呈するつもりだった:引用者注)を見せると、彼女の驚きようと行ったら、大変なものだった。そこで、感激している渡辺さんに私は、ひょいといってしまったのである。
「良くは描けなかったけど、そんなでも良かったら。渡辺さんにやるよ」・・・』
 これからの話はこの本を読んでもらいたい。

先の第888冊にも載っていたが、日野原先生が星野氏の詩や文章をべた褒めしていたが分かる。


何という花ですか? [教えてください]

何という花?1.jpg

この花の名前を教えてください。
以前ホームページでも聞いたのですが、どのように知らせるか準備してなかったので分かりませんでした。
接写も撮ったのですがピントが合わずやめました。
主婦の友社の「花づくり大百科」には載ってないように思いました。牧野の図鑑には載ってませんでした。
お分かりの方はすぐにわかるのでしょうが、茎は4角、濃い紫の5弁花です。

読み方が少しわかりました [教えてください]

天地の書1.JPG

天地の書2.JPG

5月31日に上の色紙の読み方を教えてください。と出したのですが、今日お寺で法要があり、出席の坊さんに訪ねたのですが若干わかりました。というのはやはり3文字目が分からないというこで、通してのいみがいまいちわかりずらいのです。
只はっきりしたことは、拡大部分は「月と吾」だそうです。
3文字目は「幾」らしいのです。私も書道の本を調べてみるとそうらしいということは分かっていたのですが、何人かいる坊さんの中に「幾」だとおっしゃる方がいたので多分間違いないと思いますが、すると意味があまりよく分からないのです。漢和辞典で調べたのですが・・・
 「天地はしずかに遊ぶ月と吾」とでも訳するのですかね。しばらく宿題にしておきます。ひょっとしたら禅と関係があるのかもしれませんが、今日の坊さんは一応(?)曹洞宗の坊さんなのですがね・・・
 ところで拡大部分ですが、ひらかなの「よ」は「与」でして「〜と」の意味ですね。「五」に似た字は「吾」です、念のため。外の長い半丸は「月」です。今日の寺の庵主さんは一目「吾と月」とおっしゃたのですが、流石と思いましたが、帰ってみると「月と吾」だと思います。

第888冊 たった一度の人生だから [読書感想]

第888冊 たった一度の人生だから 日野原重明、星野富弘(2012年6月17日)
 前冊を読んでからもう少し星野氏のものを読んでみようと思い図書館から借りてきた。他に3冊ほど並行して読んでいるのだがこれが先にあがった。
途中からメモをパソコンで打ち込んでいたので、それをそのまま編集して載せよう。
<転機>
日野原
よど号ハイジャック事件での日野原重明の経験
金浦空港に降りた時「ああ、地球に帰ったな」と実感し、あの時の大地を踏んだ時の足の裏の感覚は生涯忘れません。その時の経験が私の生き方を変えました。それまでは、自分は有名な医者になろうということが目標だったけれど、こうして助けられたのだから、これからは自分中心ではなく、もっと外を向いた、人の為になるような生き方に転換したいと強く思いました。

星野
私は24歳で大怪我をして、そこから人生が変わったと思います。初めは、こういう何の役に立たない人間が生きていいのだろうか思いましたが、どんな人間でも、どんな状態でも、神様に必要とされている、大事にされている。聖書を読んでそう気づかされた時、「生きていて本当に良かった!」と思いました。

<いのち>
日野原
 命とは自分が持っていて、自分が使うことができる時間のことだ。
 私たち人間はいずれは「死ぬ生きものなのです。死を受け入れながらも、その日が来るまで、今日をどのように生きようかと考えるのが、深い生き方ではないでしょうか。

星野
一番喜びを感じるのは、人のために、何かできた時や、他人に喜んでいただけた時です。命というのは、自分だけのものではなく、誰かのために使えてこそ本当の命ではないこと思います。
私がどんなに絶望しようが、どんなに生きたくないと思おうが、いのちというものが、一生懸命生きようとしている。
 たった一度しかないじぶんの人生だから、社会がどうあろうと、人が何を言おうと、そんなことにひるむことなく、大切な自分の人生を,「志」を持って進んでいけたらいい。

<キリスト教>
日野原
寛恕の恕とは、私のご如くあなたを思う、ということです。キリスト教の「主の祈り」にあるように私たちは罪を犯すものだが、それがゆるされている如く人をもゆるしなさいということです。ぶつかったときには、変えられるのは自分しかないんです、相手を変えようとするには、限度があります。だから、自分を変えるにはどうすればいいかということがいちばんの基本になります。

星野
自分が神様にゆるされているのだから、自分も人をゆるすべきだ、これには少し努力がいりますが、聖書を読んでいるうちに、すこしづつそういう考えが持てるようになりました。そして、人をゆるせたときに、一番平安を得るのは自分自身なんだということにも気づきました。

日野原
私の心に一番残っているのはコリント人への手紙第1の13章です。その中でも「最も大切なものは愛である」という言葉。子供のころ覚えたこれらの聖書も言葉が、ずっと後まで私を導いてくれました。
 ゆるすには愛が必要で、愛には犠牲が伴います。愛の衣を着せてあげるのです。「愛の衣」とは、寒さに凍えている人に自分のマントを掛ける、『そのマントには血のにじむような裏地がついているわけです。愛の行動は安易なことではできないのです。

*若干本の内容と順番が違っているが、私が云々するよりこの方が分かる。いろいろなところで売るところがあった。80ページほどの短いものなのでお勧めしたい。また、日野原氏がクリスチャンお父さんが牧師で8歳で受洗した)だとは知らなかった。
 最近日本に限らず「愛」ということが蔓延しているように思うが、キリストの愛というのはやはりわからない。

銀色のあしあと [読書感想]

第887冊 銀色のあしあと 三浦綾子、星野富弘(2012年6月16日
 実はこれはきょう2回目の入力である。最初は20行ほど書いていたら突然消えてしまったのだ、不思議だが気を取り直して載せることにした。でも不思議だ・・・ 
 他に3冊ほど読んでいるが、最後に読みだしたこれが先にあがってしまった。80ページほどの短いものであるということと、写真が多いということもあった。
 著者からもわかるが、クリスチャン二人の対話で、基本的には全部がキリスト教に関するものと言ってよいだろう。二人は重病で何回も入院を余技あるされている。星野氏はいまも車椅子で、絵をかくのも口に絵筆を咥えてかく、その個展を見に行ったことが。「苦しみに会ったことはわたしにとってしあわせでした」という色紙から始まるが、幸か不幸か私には分からなかった。よくある質問だが「不幸でないとキリスト教に入れないの?」と言いたくなるところもあった。何回も出てくる「塩狩峠」だが、私も一度読んだがそれほど感激を受けなかった。たまに行く教会の人にも勧められたが、もう一回読もうとは思わなかった。
午前に書いた時は内容も長さも全く違ってたが、もう今回はこれでやめよう。

百合 [身の回りの草木]

百合(2012年6月16日)
 本当は3本あったのだが、一本は小さすぎてまだ花が咲かない、もう一本は誰かが触ったために折れてしまった。ということで一本だけが咲いてくれた。待ちに待った百合である。今書斎から見ているが風に揺られてゆらゆらしている。「らいねんは民と一緒に咲こうね、その時は3本一緒に撮ってやるから」と約束した。百合1.JPG

実は、今日「銀色のあしあと」という本の感想文を書いていたのだがかなり進んでから、突然消えてしまった。頭を冷やす意味でこれを巻いている。

朝顔 [身の回りの草木]

一番朝顔(2012年6月11日)
なんとなくむしゃくしゃした気分だったのだが、この朝顔を見てすこし心が和んだ。
この時期にしては早いのだが今年がこれが一番先に咲いてくれた。
この朝顔は種がこぼれて自然に咲くもので、ここ5年ほどずっと咲いている。いつもはもっと遅く咲きだし、11月ごろまで咲いているのだが、今年はびっくりするほど早い。早出の遅上がりといえば私に似たのか(??)、今年も遅くまで咲いていてほしいものだ。
 実をいうとこれは宿根朝顔だと思っていたのだがどうやら違うらしい。
濃い青色というか、純青色というのは気持ちのいいものだ。朝顔1.jpg

なんとなくクリスタル [読書感想]

第886冊 なんとなくクリスタル(田中康夫)2012年6月6日
 書棚を整理していたら目に留まったので読み出したら半日で読みあがった。多分私が買ったものだろう。
 最近の著者物を読んでないので分からないが、ちょっと読んでみたいなあと思った。たしか他にもう1,2冊あったと思うので探してみよう。また、インタネットで書評を見てみようかとも思うが、まだしてない。(その日の夕方)ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%81%8F%E3%80%81%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AB)に載っていたので若干びっくりしたことなどを書こう。
 第一にこれが著者が大学4年の時に出したもので100万部を印刷したとのこと。本人にとっては空前絶後のことで今もって破られてない。上記ウィキペディアはこの本のタイトルで検索したものだが、著者名で検索しウィキペディアを見ると長々と載っている」。当然政治家として小説家として活躍している人だから当然であろう。
 内容について言えば、「学生の分際(??)でよくもまあこんなにいろいろ集めたなあ」というのが第一印象である。当時一ツ橋大学がどこにあったか(現在は国立市)調べたがよく分からなかったが、多分千代田区ではないかと思う。というのは現在の国立に居てあれだけの喫茶店や高級レストランの情報を集めるのは大変だと思うからである。(ちょっと調べてみるとこの作品は著者が浪人中に書いたもので暇はあったらしいし、予備校も都内だった)ブランド志向(これは学生時代から強かったらしい)、都内の有名大学をそれとなく示す、土地勘も並ではない。また先のウィキペディアでも述べられているが注釈が400数十項目に上るというのが特徴的だ。カタカナ英語(東大の予備試験か何かで全国3位になったらしい)、流行語が頻繁に出てくる所以だ。著者は私より7歳年下だが、氏が学生時代に私(就職していたが)がこの本のどれだけを実施とまではゆかないまでも、どれだけ理解できたかと思うと殆どXだというしかない。モデルだとか音楽となるとちんぷんかんぷんである。英語はもちろんだが音楽でも当時の流行の音楽について実に詳しい。そういう著者が何故政治なんかにのめりこんだのか、不思議である。長野県知事の当初は凄い人気だったが今はいまいちである。不思議な人である。