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第892冊 覇王の家(司馬遼太郎)2012年7月11日 [読書感想]

 平成6年42刷というから家内が買ったものだろうか、ひょっとすすると娘かも知れない。500ページもあるので多少時間がかかった。
 私が何となく嫌っていた家康の伝記である。と言ってもあとがきで著者が述べているように、当初書こうとしたこととだいぶ違ったものになったらしい。本当は徳川幕府300年(?)を書きたかったらしい。ところが家康一代でしかも関ヶ原の合戦もないという具合いで、ある意味ではかなり片寄った内容である。しかし、私としては面白かった。ことに最後の小牧・長久手の戦いは詳細に述べられている。こんなことから関ヶ原まで手が伸びなかったのであろう。
 家康のというか徳川家の信条は、百姓上がりのあくまでも泥臭く、創造や新奇を求めないいわゆる三河魂で、信長や秀吉などの尾張魂(商人、派手好き、目立ちがり・・)とは基本的に違うということを何度も強調している。また、駿河は狡猾とも言っている、ともあれ家康は信玄の生き方を信奉しているらしい。ここは同じ家康を書いた他の著作の考え方と違うかもしれない。
 例によって、メモを取りながら読んだが6ページもなった。断片的だが、それによると:
1)戦国時代とはいえ、姉川の合戦、三方が原の合戦、小牧・長久手の戦い、関ヶ原の合戦、大阪夏の陣、大阪冬の陣、そのほか直接関係のない桶狭間の戦い、本能寺の変等々数え上げればまだまだあるが、よくぞこんなに戦いの中で生き抜いたとしか言いようがない。そういう意味では家康は作戦上手ということもあるが運が良かったと言える。どこでどう転んでもおかしくないのである。
2)女性について、信長:女の美しさを求め、美しければ男でも、秀吉:漁色、家康:閨房(*「ぼう」でも、手書きでもこの「房」は出てこなかった)を愛した、従って遊女とは一切関係しなかった、戦場へも局を同行した、正妻(築山殿)は息子と一緒に殺されたり自害した)
3)安藤直次、本多平八郎、石川数正等の略歴で各々一章を費やしている。
4)韜晦(とうかい)、靉気(あいき:広辞苑にも緩和中辞典にものってなかった)等々私にとって難しい字が頻出してきた。
5)家康のことば:「愚かなことを言う人であっても、しまいまで聴いてやらねばならない、でなければ、聴くに値することをいう者が遠慮するからだ」
「天下の政において少しの無道があるべからず、これを我が家の伝えとせよ」
6)家康:「福島正則のような男はとても秀忠(二代目将軍)の歯に合うまい、わが死後はかの男の落ち度を見つけて、折を見て始末するように」
 著者評「このあたりの歯茎の臭さが家康の後世の人々にとって、不人気の所以であろう」
 これは面白い表現である。
まだまだあるが・・・・



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