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パーキンソン病でない様だ(短歌追加) [一日一首]

2018年6月24日(日)
 兎も角パーキンソン病でなくてよかった。先日水曜日だったと思うが病院で神経内科の診察を受けてきた。心配していたパーキンソン病ではないだろうが、来月初めのMRIの写真で最終的な結論を出すということだった。掛かりつけの医者の話ではそんな写真なんかいらないだろうが、まずは良かった。という答えだった。あれから4,5日経つがいろいろ心配したが最後にはあきらめがついたという感じだったが、今は命が10年ほど伸びたような気がする。
 それで今日は那殿観音へお礼参りに行って来た。そこで観音経と般若心経を上げてきた、午前中観音経の写経の先生を探してきた、そこで短歌の仲間が習いに来ているという偶然を知った。実に色々あるものだ。午前中にアメシロの消毒があった。囲碁どころではない、数独どころではないのだが・・・・
*お陰様 パーキンソン病 でないらしい 良かった良かった 心から礼
*観音の 力を信じ やって来た その御蔭にや 心配いらぬと
*礼参り だーれももいない 岩窟に 一人座って 観音経を
*薄暗き 岩窟の中 一人坐し 観音経を 声高らかに
*ひと月前 登りも下りも 気を付けて 今日は平気に 闊歩して上下 
*玉ねぎを 取りに来いと 息子に言う 電話の声も 心無し活気が
*今年はもう キス釣りはダメで 諦めた しかし元気に また行こうかと思う
 

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第2084冊 生と死の観音経(牛込覚心) [一日一首]

2018年6月15日(金)
*観音のあらゆる力信じてはこの本をも読んでみたが
*現代の宗教にどんな意味あるかないかが疑わしくなる
第2084冊 生と死の観音経(牛込覚心)
 観音経を写経していて、というか下書きをしていてどういう意味だろうと思って色々探したが分からずじゃあこの本を読んでみよう。ちゅうことになったがいざ読み出したら何を求めて読みだしたのか分からなくなってしまった。著者の経歴を見ると結構生臭い一生を送っているようだが、中身はそんなところが見受けられた(なんじゃ)氏には「生と死の般若心経」という著書もあるらしいが、多分四苦八苦がどうした眼耳鼻舌身意がどうしたということをながながと書いてあるのだと思う。この本にも六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)の輪廻のことがくどくど述べられている。もっともこんなことを述べないと、観音経などで書くことが無いのかもしれない。ただ、私はいまある病気ではないかと言われてその診断待ちなのだが、癌だとか認知症だの糖尿病、アルツハイマー」・・・・等々の最近の医学で言われるような病気を「彼の観音の力を念ずれば」雲が去るように去る。なんていうことは全く書かれていない。強盗にあったら助けられるとか、洪水にあったも助けられるとかそんな話ばかりである。先の例の現代病というかこのような病気が観音の力を念ずれば立ちどころに退散するなんて言うことは誰も信じないtと思うが、昔の人だって「男の児を欲しいと思って観音様を礼拝供養すれば福徳智慧の男を生む」ということを信じていたとは思われない。じゃあ私は何のために観音経を上げるかというと、心の平安である。我々北陸の地は浄土真宗のメッカである殆ど(少なく見積って半分くらいか)が親鸞だ蓮如だと言って、老人会はナンマンダブの会である。真宗の言うように南無弥陀仏を唱えれば極楽へ連れてってくれるというのは今も信じて問題はない。しかし観音経は違う。南無観世音と言っておれば万病が治るとは言ってないし、そういわれても誰も信じられない。その点南無阿弥陀仏は誰も地獄へも極楽へも行ったかどうかは証明できないのだからうまくできている。長生きしあとはお迎えが来るのを待つだけだという人にとっては極楽へ行きたいだろうし、まだピチピチンの現役の人に地獄だ極楽だといっても何を言ってるんだと笑われるだけだ。かと言って観音の力を念ずれば「めくらがが目明きになる」なんていうお里沢一の話もまた馬鹿にされるだけだ。他の宗派はどういってるのか、キリスト教はイスラム教はなんて興味がわくが・・・
 著者は著作当時現役の臨済宗の僧侶であった。この本の途中で坊主というのは如何に生活が苦しいかお布施がどうした法名代がいくらか墓の管理が大変だとか生臭い話を書いている。それまで30いくつかの職業を経験してきたいわば生臭坊主である。こんな人にこそ現代に生きる臨済宗を考えて貰いたかった。のだが・・・・・
 
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素晴らしい写真に出会った [一日一首]

2018年6月13日(水)
*素晴らしい写真に逢った瑠璃色のトンボの姿極楽に似て
*素晴らしい 写真を見た
 友達の   フェースブックの
 記事の中  今その作者に
 会ってきた 語るは語る
 限りなく  その写真の
 モチーフは 瑠璃糸トンボ
 山の池   ひつじ草の
 上に泊まる 瑠璃糸トンボ
 先日の   中学生の
 透き通った 肌を思わす
 翅の色   ひょっとして
 極楽の   蓮のうてなに
 止まる人  こんな姿で
 とまるのか

*透き通る 少女の肌を 思わする 瑠璃糸トンボ コウホネの上
*極楽の 蓮のうてなに とまる人 静寂の中 雁縁の池
*静寂の 池にとまれる 瑠璃糸の トンボにふっと 極楽を思う 
 
瑠璃糸トンボ0.5.png

  
 
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「万引き家族」を見てきた [一日一首]

2018年6月10日(月)
*結婚来初めてのこと映画見る家内の提案不思議なことだ
 てな具合で「万引き家族」を見てきたが、最初よく分からなかった。というか最後まで分からなかったのだが、今、少しわかった来てように思う。なるほど、あんな家族もあるんだ。ということ、又あれよりもっとひどい家族も沢山いるんだろうなあ、という感想である。勿論学校も行けず、ろくな仕事もなく、ヌードをしながら生きている女たち、当初子供たちは兄弟姉妹かと思っていたが、全く赤の他人だった。
 何がアカデミー賞か何かわからぬが、そんな大それた賞の対称になったんか分からぬが、半日経ったいま少しわかりかけてきた。
*稼ぎなく生きるにやっとの仲間達足を引っ張りあってでも生きねばならぬ
*万引きをするしかない子供達仕事もなく学校も行けず

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矢張りおかしい [日に一短歌]

2018年6月7日(水)
*観音の ご利益たより 那谷の谷 何事もなく いつもの通り
*ほうばまま 手打ちの蕎麦も 上手かった 那殿観音 地本の賄い
*山登り キス釣りも亦自粛するパーキンソンの対処解るまで
*老人会 その世話の為 忙しく 気持ちの紛れ 安らかならず
*今までは 絶対気が付く 囲碁の手を 気付かず連敗 病の所為か
*薄っすらと 雲の広がる 扇状地緑の山が 近付くもよし
  
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短歌と囲碁 [日に一短歌]

2018年6月6日(水)
 今日は最後の仕事で福井まででかける。ちょっとホロリとなる。
*最後の日 仕事をやり出し50年もういいよと言ってやりたい
*あれからもう50年あっという間より長かったなあ
*最近はFacebooKより5年日誌に熱心になる

囲碁をタブレットで見ているが(NHK第66回)プロの読みというのがすごいものだなあとつくづく感心する。素人の碁というのはあれの10%位かと思う。一方短歌なんて玄人と素人の違いなんかあるのだろうかと思う。写真もそうだ・・・我々の属する短歌会の講師は一応玄人なのかもしれないが???の連続である。我々と全く変わらない。二つの歌会両方ともそうだ。一方囲碁の方は上位と下位の違いは歴然としている。プロとアマの違い程である。もっとも小林、石田、林、大竹なんて言う嘗て名人と言われた人たちも今ではNHKにも出られない、そんな世界だから楽しいのだ。
 最近は参加してないがNHKの短歌講座の歌や、朝日の歌壇の歌は時事問題や世相を反映したものが多い、一方田舎の歌会は婆さんばっかりだから花が咲いたとか、散ったとか彼らの(いや私も含め)日常生活から出る歌はそうしか無いか。斎藤茂吉なんかの「赤光」は有名だが最初の歌集である。やはり若くないとだめだということかもしれない。茂吉の晩年の歌なんて見れたものではない。
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今日も忙しかった [一日一首]

2018年6月3日(日)
*6月も あっという間に
 3日だ 朝から予定
 ぎっしりと 詰まって6時に
 飯を食べ 墓の掃除に
 駆けつける 何人か既に
 きておって おはようの声に
 目が覚める 50人が 
 集まって 一時間で
 終りたり *それからすぐに
 ボランティア 同志が集まり
 花つくり 花壇を作って
 3年目 マリーゴールド
 サルビアに それから何か
 忘れたが 私は3っつ目
 忙しい  親戚の法事
 親父の 33回忌
 観経と 正信偈で
 一時間 それから件の
 料亭へ 美味じゃな高い
 料理は 色々あって 
 楽しみぬ 3歳1歳の
 子供達  儂を慕って
 肩たたき 遊びの相手を
 持ちかける キャキャ言って
 終りけり

 
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那殿漢音へ行って来た(長歌) [一日一首]

2018年5月27日(日)
晴天の 那殿観音
詣でたり 20人程の
参詣者 昔縁ありし
その家族 年に一回
集うらし 我は縁も
縁なし たまたま行く事
20年 御明持って
出掛けたり この観音の
霊験か 不思議と危険
災難を 免れてきた
そのお礼 僅かの金で
御利益を 得ようなどとは
思わない 今日の話は
良かったな 自らのこと
話したり 九死に一生
得た話し 唱えるはただ
南無大師 遍照金剛
南無大師 遍照金剛 
奇跡的 大師の思い
通じてか 完治して
大分から 説教しに
屋台の 物は皆安い
棒葉ママ は美味かった
久志ぶり もうこれからは
食べれまい きんつば饅頭
これもまた 100円とは
1キロ奥 蕎麦も美味かった
新緑 も常緑と
混ざりあい 黄色と黒の
コントラスト なにもがすてきな
一日だった

反歌
*観世音 我を守って 下さった ありがとうの気 すべてに満ちたり

   
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那殿観音へ行って来た [一日一首]

2018年5月26日(土)
*こんな気になったことない観世音石段登りほっとする我
*ホウバママプンと臭いす懐かしい思わず美味いと声を上げたり
*期待せぬ講師の女性に引き込まれ最後はありがとうと言う気になりぬ
*ありきたりの観音経でなくご自身の事故の話にほっとする我
*すぐそばの手打ちのそばのの美味かりき素朴な味に舌鼓打つ
*石段を上り下りする恐れから2の足を踏む観音詣り
 もッと上手く歌えないかと苦心する我
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今の政界に矢も楯もたまらず [日記 一日一首]

218年5月25日(金)
*政治家や官僚の嘘は聞き飽きたテレビを消すのは首相の狙いか
*自民党首相の言うこと信じるの国民誰も信じないのに
*自民党党員みんな信じるの国民誰も信じないのに
*自民党公明党の議員達幹部のやること応援するのか


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